Chairoprsctic Doctor
ごぶさたしてました。
私は原発事故関係の情報をインターネットを通じて掘り下げていく事により、悲惨な津波の映像や無茶苦茶な原発の実態、とんでもない人工地震の話や、影の政府、闇の一味の陰謀など、それらが頭の中でグルグルして心が痛み、気分転換と云うよりただ一時でも全て忘れて仕舞いたいと思って、4月の2週目ぐらいに庭仕事をしMachete(なた)を一日振り回していたら、以前怪我をした右手首をまた傷めてしまいました。
手首が腫れ上がり最初の二三日は痛くて身動き出来ず夜も痛くて眠れない状態でした。
私は慢性腎臓病なので医者から市販の鎮痛剤を取るなと云われていて、ただひたすら我慢するしかなかったのです。
それでも日本の被災者の苦難を思えばたいしたことないと耐えるしかなかったです。
利き手の右手が使えず不自由してましたが、炎症がだいぶ収まってきた昨日Chairopractic Doctorに行って来ました。日本では整骨医と云うんでしょうか。
やっぱり手首の骨がずれていました。
ずれた骨が神経を圧迫してとても痛かっただろうと医者に云われた時は、あんなに痛がっていた自分が情け無いという気持ちを思い出して、なんだ痛かったのは当たり前だったのかと、少し気が楽になりました 。
今では痛みはすっかり薄らぎましたが、暫くはまた骨がずれない様にテープで固定しなければなりません。でも両手の指を使える様になったのでこれからまたブログを書かせていただきます。
私は原発事故関係の情報をインターネットを通じて掘り下げていく事により、悲惨な津波の映像や無茶苦茶な原発の実態、とんでもない人工地震の話や、影の政府、闇の一味の陰謀など、それらが頭の中でグルグルして心が痛み、気分転換と云うよりただ一時でも全て忘れて仕舞いたいと思って、4月の2週目ぐらいに庭仕事をしMachete(なた)を一日振り回していたら、以前怪我をした右手首をまた傷めてしまいました。
手首が腫れ上がり最初の二三日は痛くて身動き出来ず夜も痛くて眠れない状態でした。
私は慢性腎臓病なので医者から市販の鎮痛剤を取るなと云われていて、ただひたすら我慢するしかなかったのです。
それでも日本の被災者の苦難を思えばたいしたことないと耐えるしかなかったです。
利き手の右手が使えず不自由してましたが、炎症がだいぶ収まってきた昨日Chairopractic Doctorに行って来ました。日本では整骨医と云うんでしょうか。
やっぱり手首の骨がずれていました。
ずれた骨が神経を圧迫してとても痛かっただろうと医者に云われた時は、あんなに痛がっていた自分が情け無いという気持ちを思い出して、なんだ痛かったのは当たり前だったのかと、少し気が楽になりました 。
今では痛みはすっかり薄らぎましたが、暫くはまた骨がずれない様にテープで固定しなければなりません。でも両手の指を使える様になったのでこれからまたブログを書かせていただきます。
原発事故
やっぱり原発事故はどうしても気になります。
それで最近入って来た情報を皆さんもう御存知かもしれませんが、知らない人の為に敢えて掲載します。
先ず原発の現場で働いていた平井憲夫氏の告発記事
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html#page1
次に武田邦彦教授のhttp://www.youtube.com/watch?v=gW8pfbLzbas
更には予言されていた”原発震災”/広瀬隆氏インタビュー
http://www.youtube.com/watch?v=ovv2__vc-Nk
それでとどめに驚きの連続である最近の記事が出ているサイト飄(つむじ風) http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/2009/10/post_6125.html
それで最近入って来た情報を皆さんもう御存知かもしれませんが、知らない人の為に敢えて掲載します。
先ず原発の現場で働いていた平井憲夫氏の告発記事
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html#page1
次に武田邦彦教授のhttp://www.youtube.com/watch?v=gW8pfbLzbas
更には予言されていた”原発震災”/広瀬隆氏インタビュー
http://www.youtube.com/watch?v=ovv2__vc-Nk
それでとどめに驚きの連続である最近の記事が出ているサイト飄(つむじ風) http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/2009/10/post_6125.html
BRACO(ブラッツォ)
今回は前に抱負というブログで少し話したブラッツォについて書きます。
ブラッツォは元ユーゴスラビアの小国クロアチア出身のヒーラーです。
BRACOとつづってブラッツォと云う風に発音し、それはリトルブラザーと云う意味なんだそうです。
一見全く普通の人ですが、とても柔和で且つ超純粋、43歳の男前です。
彼は自分自身をヒーラーだとは思っていないそうですが、それでも彼のゲージング セッションに参加した重病や人生のいろんな困難を抱えた人達に起る奇跡としか云えない事柄が、人々の口伝えを通して広まり地元ヨーロッパではかなり有名で、彼の元には毎日沢山の人が押し寄せます。
私が彼の事を知ったのは2009年の暮れです。
それは父が腎不全でいよいよ具合が悪くなったのを切っ掛けとして、タイに行って歯の治療をする事と谷川足圧術を習うと云う事を兼ね、二ヶ月余りの長期に及ぶ日本滞在の旅を終えてハワイに戻って来るなりに、掛り付けの医者から自分も父と同じく慢性腎臓病だと宣告されてとても落ち込んでいた時です。
病は気からと云いますが、父を見ているので、あの時はもう自分は駄目だなどと弱気になり、坂道を転げ落ちる感じでしたが。
そんな時に友人からブラッツォというヒーラーがいて、奇跡的な治療をすると聞いた時は溺れる者は藁をも掴むと云う心境で彼のスカイプセッションに参加しました。
勿論友人にゲージング セッションと云って10分足らずの間、彼の目をただジッと見つめるだけで、
不治の病が治ったりお金が舞い込んで来たりすると言われた時は、そんなことがあるのだろうかと直ぐには信じられませんでしたが、でも”もしかしたら”と思い直して出掛けて行きました。

その当時は丁度ハワイ島に住むアンジェリカ ホワイトクリフさんがヨーロッパに出向いて3週間ほどブラッツォと過ごした体験談を出版したところで、彼女の自宅にてクロアチアにいるブラッツォとのスカイプによるゲージング セッションが始まったばかりの頃でした。
それは彼女の夫のマイケルさんのオフィスの部屋にあるそれほど大きくもないコンピューターモニターの前に7人ほどが立って行われました。
20人以上30人に満たない人が集まっていて、さて順番がきて部屋に入ると上手い具合に前列に立つ事が出来ました。こちらは夜の7時が向こうは朝の6時で、始まると目の前の画面にすっきりした感じでブラッツォがひょいと現れました。
画面には彼の顔が大写しになり、初めて見るブラッツォは意外な優男で、その彼が一瞬で凍った様に止まりセッションが始まると、彼の目はウェブカメラを見詰めているからかこちらをじっと見据えていました。
瞬間に目と目が合い私は身じろぎさえ出来ずに立ちすくみました。
それは蛇に睨まれたカエルとかではなく、むしろ光と愛に魅せられて呆然とする様な感じでした。
正直言って始まる前の私には自分の病の事しかなく、心の中では只ひたすら助けて欲しい是非治して下さいと必死で願うばかりでした。
それがいざ始まってみると、少しは自分の中にあった彼への疑いが消し飛びました。
なぜなら彼の澄んだ目の奥には、人を裁断したり非難することのない心が広がっていると感じられたからです。
愛そのものとしか言い表せない彼の存在の前に自分の捻くれて悲観的な心の状態がハッキリと浮き彫りになりました。
その時彼がこう言っている様に思えました。
「大丈夫!」
彼のポジティブな存在が教えてくれたたのは、この自分のネガティブな心が病気を創っているのだという事でした。
私は決して自分ではそんなタイプじゃないと思っていたのに、しばらくしたら涙が止めどなく溢れ出し、背中が熱くなったりして、それでも彼の目からは目を逸らせず、頭の中は空っぽになりました。
短い様で長かったセッションの後、彼の目を凝視して必ず助けて貰うんだと意気込んでいた私は、涙でグシャグシャになりつつも、病気の不安が消えて、妙に落ち着いた心になったことを憶えています。
それからもう一度スカイプセッションに参加しましたが、セッションで沢山の奇跡が起こり、また参加した人たちが望んだからなのか、それから程なくしてなんとブラッツォがハワイに来ることになりました。
彼がニューワールド(つまりアメリカのこと)に来ることは彼の師にあたるイヴィサが予言していたことなのだそうですが、その足場として先ずハワイに彼はやって来ました。
実物の彼とのゲージングセッションに何回出たのかははっきり憶えていません。20回以上ですが、病気のことで必死というよりも、ただ彼に会えるだけで幸せな感じがしました。
彼がハワイ島を去った後で腎臓の検査をしたら、それまでは腎機能が3割しか働いてなかったのが、47%まで回復していました。
ブラッツォがその後3回、計4回ハワイ島を訪問しました。
その都度出来る限りのセッションに参加しています。
腎臓はそれから良くも悪くもならず、腎機能が普通の半分だけしか働いていませんが、無茶をする性格だったから、無理をせずに生きろという天からの戒めだと思って気を楽にしてぼちぼちやっています。
さて前置きが長くなりましたが、実は去年初来日したブラッツォが今年また日本を訪れます。
それは4月30日5月1日と2日の三日間、神戸芸術センターの芸術劇場で各日4回のゲージング セッションが一回千円で行われます。
仙台での5月6日のセッションは地震の為に中止となりました。とても残念なことです。
詳しくは次ぎを見て下さい。
ZA-BRACO.JAPAN
www.za-braco.jp/
(英語がOKならbraco.netもどうぞ)
もうすぐなので、チケットが売り切れないうちに早めにどうぞ。
ブラッツォは元ユーゴスラビアの小国クロアチア出身のヒーラーです。
BRACOとつづってブラッツォと云う風に発音し、それはリトルブラザーと云う意味なんだそうです。
一見全く普通の人ですが、とても柔和で且つ超純粋、43歳の男前です。
彼は自分自身をヒーラーだとは思っていないそうですが、それでも彼のゲージング セッションに参加した重病や人生のいろんな困難を抱えた人達に起る奇跡としか云えない事柄が、人々の口伝えを通して広まり地元ヨーロッパではかなり有名で、彼の元には毎日沢山の人が押し寄せます。
私が彼の事を知ったのは2009年の暮れです。
それは父が腎不全でいよいよ具合が悪くなったのを切っ掛けとして、タイに行って歯の治療をする事と谷川足圧術を習うと云う事を兼ね、二ヶ月余りの長期に及ぶ日本滞在の旅を終えてハワイに戻って来るなりに、掛り付けの医者から自分も父と同じく慢性腎臓病だと宣告されてとても落ち込んでいた時です。
病は気からと云いますが、父を見ているので、あの時はもう自分は駄目だなどと弱気になり、坂道を転げ落ちる感じでしたが。
そんな時に友人からブラッツォというヒーラーがいて、奇跡的な治療をすると聞いた時は溺れる者は藁をも掴むと云う心境で彼のスカイプセッションに参加しました。
勿論友人にゲージング セッションと云って10分足らずの間、彼の目をただジッと見つめるだけで、
不治の病が治ったりお金が舞い込んで来たりすると言われた時は、そんなことがあるのだろうかと直ぐには信じられませんでしたが、でも”もしかしたら”と思い直して出掛けて行きました。

その当時は丁度ハワイ島に住むアンジェリカ ホワイトクリフさんがヨーロッパに出向いて3週間ほどブラッツォと過ごした体験談を出版したところで、彼女の自宅にてクロアチアにいるブラッツォとのスカイプによるゲージング セッションが始まったばかりの頃でした。
それは彼女の夫のマイケルさんのオフィスの部屋にあるそれほど大きくもないコンピューターモニターの前に7人ほどが立って行われました。
20人以上30人に満たない人が集まっていて、さて順番がきて部屋に入ると上手い具合に前列に立つ事が出来ました。こちらは夜の7時が向こうは朝の6時で、始まると目の前の画面にすっきりした感じでブラッツォがひょいと現れました。
画面には彼の顔が大写しになり、初めて見るブラッツォは意外な優男で、その彼が一瞬で凍った様に止まりセッションが始まると、彼の目はウェブカメラを見詰めているからかこちらをじっと見据えていました。
瞬間に目と目が合い私は身じろぎさえ出来ずに立ちすくみました。
それは蛇に睨まれたカエルとかではなく、むしろ光と愛に魅せられて呆然とする様な感じでした。
正直言って始まる前の私には自分の病の事しかなく、心の中では只ひたすら助けて欲しい是非治して下さいと必死で願うばかりでした。
それがいざ始まってみると、少しは自分の中にあった彼への疑いが消し飛びました。
なぜなら彼の澄んだ目の奥には、人を裁断したり非難することのない心が広がっていると感じられたからです。
愛そのものとしか言い表せない彼の存在の前に自分の捻くれて悲観的な心の状態がハッキリと浮き彫りになりました。
その時彼がこう言っている様に思えました。
「大丈夫!」
彼のポジティブな存在が教えてくれたたのは、この自分のネガティブな心が病気を創っているのだという事でした。
私は決して自分ではそんなタイプじゃないと思っていたのに、しばらくしたら涙が止めどなく溢れ出し、背中が熱くなったりして、それでも彼の目からは目を逸らせず、頭の中は空っぽになりました。
短い様で長かったセッションの後、彼の目を凝視して必ず助けて貰うんだと意気込んでいた私は、涙でグシャグシャになりつつも、病気の不安が消えて、妙に落ち着いた心になったことを憶えています。
それからもう一度スカイプセッションに参加しましたが、セッションで沢山の奇跡が起こり、また参加した人たちが望んだからなのか、それから程なくしてなんとブラッツォがハワイに来ることになりました。
彼がニューワールド(つまりアメリカのこと)に来ることは彼の師にあたるイヴィサが予言していたことなのだそうですが、その足場として先ずハワイに彼はやって来ました。
実物の彼とのゲージングセッションに何回出たのかははっきり憶えていません。20回以上ですが、病気のことで必死というよりも、ただ彼に会えるだけで幸せな感じがしました。
彼がハワイ島を去った後で腎臓の検査をしたら、それまでは腎機能が3割しか働いてなかったのが、47%まで回復していました。
ブラッツォがその後3回、計4回ハワイ島を訪問しました。
その都度出来る限りのセッションに参加しています。
腎臓はそれから良くも悪くもならず、腎機能が普通の半分だけしか働いていませんが、無茶をする性格だったから、無理をせずに生きろという天からの戒めだと思って気を楽にしてぼちぼちやっています。
さて前置きが長くなりましたが、実は去年初来日したブラッツォが今年また日本を訪れます。
それは4月30日5月1日と2日の三日間、神戸芸術センターの芸術劇場で各日4回のゲージング セッションが一回千円で行われます。
仙台での5月6日のセッションは地震の為に中止となりました。とても残念なことです。
詳しくは次ぎを見て下さい。
ZA-BRACO.JAPAN
www.za-braco.jp/
(英語がOKならbraco.netもどうぞ)
もうすぐなので、チケットが売り切れないうちに早めにどうぞ。