昨日の続き
そのまま、「眠くなりますよー」と言われ気付いたときは
手術台で麻酔が切れかける頃。
朦朧とする意識の中、担当医の先生が大声で
「あかちゃん無事に産まれたからねー。
筋腫も全部取れたからねー」と叫んでいた。
ホッとすると同時にまた眠ってしまった。
次に目が覚めたのはすごい痛みで。
強烈な熱い痛みがお腹全体を刺激する。
「イッターーーーーーーーーーィ!」
と自分では絶叫したつもりが、声が出ない。
なんと声を出そうにもまだ管が喉に入っているので
気持ち悪くて「おえー、おえー」と管を吐き出そうとする。
とにかくパニクっていたら助産師さんが
「今、痛み止めの座薬入れるから効くまでちょっと我慢してね~」
うおぉ~~~!痛いよ~~~~!
これが切腹した武士の気持ちかよ。そんな気持ち、知りたくもないんだけど。
病室に戻ると両親が待っていてくれて、その間の話をしてくれた。
さらっこは、オペ室から運ばれてからずっと泣いていた。
その間、自分の小指をチュッチュしていた。
戻ってきた担当医に「子宮が九の字に曲がっていた」と
言われた。
さらっこが運ばれた後、二時間近くもママが戻らないので
心配した。(10時からオペで病室に戻ったのが13時ごろ)
出血は1.5リットルだったため、輸血しないで済んだ。
そのうち、痛み止めが効いてきたらしく、かなり痛いけど話が
出来るまでになった。
が、声を出そうとするものの声帯がカサカサで出ない!
あー、これが昨日の説明のアレね。
そういえば、歯は無事かと触ってみる。
あったあった!よかったー。
おぉ、喉にも穴は開いていない。
でも、後日よーく見てみたら前歯一部が欠けてたんだけどね![]()
ま、最善の処置でこうなったんだろうと想像できるからヨシと。
両親は私の顔を見て安心したのか、二人で昼食にでかけ、
また戻って来てくれた。
そして、さらっこと初対面。
それまで泣いていたのにママの脇に置いてもらった瞬間
ぴたりと泣き止んだ。
やっと会えたよーと感動したけど、よくうわさで聞くような
涙を流して・・・とまではいかなかったなぁ。
意識が朦朧として眠くて眠くて仕方なかったからっていうのも大きい。
その後、仕事が一段落した父さんも来てくれて写真を撮ったり
抱っこしたり。
お腹は部分も全体もずっと痛くて、収縮するときには地獄絵図でした。
それなのに、術後翌日から師長さんから
「腸が癒着するから今日くらいから歩く練習してね!」と愛のムチ。
寝返りうつのにも10分くらいかかってずっとケンシロウのように
「アータタタタタタ」と言っているのに歩くなんてーーー![]()
しかも、ずっと寝てられればまだいいけど、二時間おきのおむつ交換と
授乳でかなりの体力と気力を消耗。
プラスさらっこの体重がみるみる落ちていき、
さらっこより後から生まれた赤ちゃんたちにどんどん体重を
追い抜かれたことも精神的負担となっていった。
ホントに10歳くらい老けたんじゃないかと思うくらい
苦痛に満ちた顔を3日間くらいしてました。
そしてこの痛みがほぼ良くなるまで二、三ヶ月続いたのでした。
でも、半年は歩くとき前かがみにしかできなかったなぁ。
生後4時間のさらっこ
明日は、順番逆になっちゃったけど子宮筋腫変性のお話です。
