2024年1月に父の認知症が判明しました
脳神経内科でMRIや問診をした結果
『意味性認知症』らしいです
言葉を失う病気、
先生から聞いて衝撃でした
身近な事で言うと
『スプーン』や『時計』など
使い方やそれ自体は分かるのですが
名前が口から出て来ません
聞いたら、ああそうか、と思い出します
会話でも、頭の中では映像が浮かんでいる様ですが、言葉が出ないので、父も、聞き役の母もじれったさやストレスを感じていると思います
言葉のキャッチボールも難しいらしく
求める答えがまっすぐ返ってきにくいです
父がわからなくても、調べたり問い合わせたりすれば分かるので、この1年でめちゃくちゃ困る事はありませんでした
昔は良く喋っていた父ですが、
やはり認知症の症状からか口数が少なくなり
認知症と判定されるまでは
『年も年やしな〜』
と思っている程度でした
兄弟に聞くと、いつものじーじです
私も夏休みから冬休みに一緒に生活していましたが、違和感なかったです
まだ、色々出来ています
洋服を良く探しているのが気になったので、
母に言って分かりやすい配置にしました
(ものが多すぎるのがそもそもの原因)
いざ認知症と判定されるとドギマギして
急に病人みたいに思えてしまい
精神的ストレスが凄かったです
父は、コロナワクチンを打った後くらいか
身体、頭が少しおかしくなったと
母に漏らしていたらしいです
今更ですが、
コロナで人とあう機会も減ったし
老化もあるし
亡くなった祖父も今思えば最後の方は
ボケたりまた元に戻ったりと
あの瞬間が今でも思い出すくらいなので
祖父と同じと思い心を落ち着かせてきました
色々と諦めがついてきた中で
今までなんとかやってこれたことに感謝しつつ
娘姉妹は近くにはいないけど
ほぼ毎日カメラで繋がり孫の顔をみせられている事
父の病気が家族の絆を強くしました
姉妹は遠方から両親をサポートしています
実生活や農作業についての行動には
まだ問題がないので
無理の無い範囲で身体を動かす事は続けた方が良いみたいです
人と会話する事もね
認知症には色々な種類があるそうです
当時は色々な本を読み漁ったりしました
治るものではないそうで、
今は症状が進行しないような
現状維持出来るような薬を1種類
飲んでいます
昨年1年は本当に長かったです
分からない先の事を色々考えくよくよしました
まず当初は膝も悪くしていたので
介護保険認定を受けて要介護1を取得
手すりを取り付けました
認知症より杖をついて歩く姿の方が辛かったです
既に懐かしいです
どこに取り付けるかをネットで調べて相談し、
昨年春休みの帰省中に工事を完了してもらったんです
業者の方が私が居る間にと頑張ってくれました
この時、農作業も出来ず寝てばかりだったので
これでは認知症が進むと思い
リハビリを兼ねたデイの検討も
ケアマネさんとしていました
男性は、1日通うのに抵抗がある人、プライドを感じる方もいるらしく、『リハビリ』を強調し通ってもらう、という事も聞きました
膝も落ち着いているし、農作業がリハビリになるので今の所通わずに済んでいます
そうそう、頼りになるケアマネさんが月に一度訪問して下さるのも安心材料の一つです
そして
一番の決断は
『免許返納』でした
だんだんわからなくなって
免許を取り上げるより
わかる内に、事故を起こす前に、と
田舎で車がないと生活出来ません
家族で話し合い、父が決めました
今は母が運転しています
2024年10月に返納しましたが、
何とかやっていけてます
親戚や近所の方が助けてくれる事もあります
妹がネットスーパーも登録してくれたので
いざとなったら注文してあげられます
(田舎なのでヨシケイさんは来られない場所でした)
それから、
農業のある組合も辞める事にしました
それは今年に入り決めました
有名人が我が家にも来たんですよ
その時私は居ませんでしたが
関ジャニの大倉さんと丸山さん(笑)
TVに出たので録画してます
後にファンが来たそうです
他にも東野さんとか(笑)
毎年ニュースなどに取り上げられ
父も良く取材されていました
話がそれましたが、
膝に水をためては抜き、肉体的に大変な当番などもありやめ時でした
父にとってまた大きな決断でした
この事を知った近所の方が、
出荷は僕も手伝いますから、
と駆けつけてくれました
ありがたい限りですが、
体力面と
重さを正確に計らなければならないのですが
商品のサイズなども誤差があり指摘を受けていたそうなんです
ブランド商品で、合同出荷なので組合の人に迷惑はかけられません
元々は、父たちの代が販路を広げてきた組合です
大阪や京都の料亭に届けられています
迷惑をかけ過ぎて辞めて欲しいと思われる前に、身体の為にも良いのでは、との判断です
老化で最後の数年迷惑をかけてしまった方を母も見てきたので、潔く次の方法に決断しました
組合をやめるので、今後は直売所での販売がメインとなります
季節商品なので、私や妹の知り合いなどに声をかけて売る事も考えています
販路を変更したので、その他の両親が売る野菜のポップを作成したりしています
姉妹で得意分野です
長期休みの度に農作業も手伝う様になりました
私や妹が珍しい野菜の種を送っては
種をまいてもらい育てて貰います
帰省をずらしているので私か妹が商品の登録申請をし、バーコードを作ります
両親が事務的な事が苦手なので、
得意な姉妹の出番です
これまでは父が市場に出荷していましたが
慣れない道を遠くまで母に運転させるのは危ないので、そのあたりも考え販売先を近場に変更しました
売り上げは私にメールが届くようにしているので、出荷数を分析しつつ両親に提案しています
余るとそれだけでムダだし、
回収するガソリン代や時間もムダ
廃棄もお金かかるし
売り切れる数を予測するのもある種緊張感があります
今のところ余りはほぼ無く、
順調です
完売って最高ですね
市場で自分が決められない値段の商品を売るより、確実性がある方が収入も分かりやすいです
農家の話が長くなりましたが、
昨年夏には父の通帳整理もしました
意味のなさそうな保険とクレカ解約も
電話で父も出て娘に委任する、と伝えてもらわなければならなかったので、早めにしておいて良かったです
保険はもう少し見直す必要がありそうですが、
長期休みでないと難しいです
(入り過ぎな感想、今更感はある)
保険の受取人も、リスク分散の為私や妹にいくつか変更したり
保険の内容を確認したり
使わない通帳を解約したり
分ける意味のない通帳を1つにまとめたり
収支がわかりやすくなりました
代筆が出来ず父に沢山書類を書いて貰いました
時間もかかりかなり大変な作業でしたが、
帰省中にほぼ完了しやり遂げた感がありました
認知症の病院には2ヶ月に一度
春休みと夏休みにちょうど重なるので
2回は私が同行します
秋に妹が帰省する事もあるので
タイミングが合えば妹も付き添います
冬休みは農作業に没頭し、
美味しい正月料理を食べました
1年前には考えられない光景をみられています
ついつい先を考えてしまいますし
まだまだ一喜一憂する事も多いですが
冷静な妹に諭されつつ
父の膝にも水がたまらないし
販路を広げて売れにくかった商品や
新商品が売れる事に喜びを共有できる事に感謝しつつ過ごしています
春休みはまた農作業です
春は田舎の香りが良く
帰省が一番楽しみな季節です
新商品も考えているし、
種まきなどが楽しみです
両親が色々できなくなる前に、
4月だけ兄弟小学校編入とかで帰省したいな
など願望があります
旦那は実家帰ったら?
とか簡単に言いますが
期間限定ならまだしもやはり難しいです
でも、介護などで子連れ移動(国内留学)出来たら本当に助かるなと思ったり
まあ、それが出来る学年、環境がないとハードル高いですけどね
次男出産時に、長男に2ヶ月だけ地元の保育園に通って貰ったんですよね
県を大きくまたいでいましたが、制度としてあったので、本当に助かったんです
色々考えたりしますが
進行が緩やかで膝が悪くなく元気に1日1日過ごせているのでこれが長く続きますように
母が細かい事を気にしないタイプなので良かったです
父に対してイライラする事もあるみたいですが、先生からはそこは姉妹でフォローしてあげて下さいと言われています
高齢出産で子育てに目処がついてきたら
次は親の心配
実家隣の家には96歳の祖母もいます
老老介護の現実も見ています
祖母には申し訳ないないけど
お葬式のパンフレットも集めています
噂に聞いていた現実が我が家にも起こっているのですが、ピンチの時に旦那や妹の旦那さんも理解してくれありがたい限りです
私の周りも同世代の保護者さんが多く
介護してきた人、いままさにしてる人
親が入院している人、通院している人
知らないだけで話してみると沢山いました
義母も昨年癌がみつかり手術をしたし
75歳過ぎるとまた大きく次のステージに進む印象をボヤッと持っています
親の介護が終わる前に
自分の病気が発覚した、
持病と向き合ってる方もいます
今年は自分の事も優先的に、の1年にしたいな
昨年健康診断を受けそびれていて年度末までに受診予定
オプションもつけて検査予定です
色々、本当に色々ありますが
1日1日家族全員健康に過ごしたいです