努力とは
元来それだけで評価されるべきものでなく
もともとは目標を達成するためなので
結果を出し初めて認められるもの
結果が出なくても「がんばったね」と評価してしてくれることがあるのは
「その姿勢でがんばり続けなさい」という励ましなので
努力そのものが認められたわけではない
努力している側が成果も上げずに
「努力を認めてほしい」と言うのはお門違いだと思う
だとすると
努力の理想の姿とは・・・・
それは
「努力している」ことを自分自身も気づかず夢中になっている時で
後になって「こんなに努力したんだ」と気づく時ではないかと思う
損得勘定などよけいな気持ちは働かず
純粋に自分のための努力ができるようになると
いつのまにか「努力している」ことすら意識しなくなり
われを忘れて夢中になれるので集中力が高まり
自ずといい結果が出てくるようになる
たまには
努力の方向性をいま一度振り返ることも必要かもね![]()