日本の”マラソンの父”と言われ
92歳で亡くなったのは金栗四三さん
1912年日本初参加の第5回ストックホルムオリンピックでマラソンに出場
しかし、レースの途中で倒れ近くの民家で手当てを打て一泊
その為「消えた日本人」と評判になる
もちろん途中棄権で記録も無しとなるはずだったけど・・・・
それから
55年後の1967年
スウェーデン・オリンピック委員会に招かれ
オリンピック開催記念祝典に出席
すると
役員に案内されて
54年前の思い出のトラックのゴール前十メートルに立ち
言われるままにゴールまで走り、両手を上げてテープを切った
その時、場内アナウンスが流れる
「日本の金栗選手です。
記録54年12月31日23時間59分59秒。
これで第5回オリンピックのマラソンは完全に終了いたしました。」
粋なもてなしに大感激した金栗さんは
その後の記者会見で、粋な発言をする
「やれやれ長い道中でごわした。途中で孫が五人も出来ましたよ。」
この発言を報道したイギリスの「ワールドスポーツ」誌の見出しが
”Better late than never"
イギリスの古い諺で、「走るは走らざるに勝る」
つまり、”負けるが勝ち”ってことになるかな
頑張れ、アギーレジャパン!!
