今回の内容
孫子
一、始計編
原文
道者令民與上同意也。
故可以與之死、可以與之生、而不畏危
口語訳
道とは民をして上と意をおなじくせしむるなり。
故にこれを以って死すべくし、故にこれを以ってと生くべくして、危うきを畏れあらざるなり。
現代語訳
道とは、国民と国民の上に立つものが、心を一つにさせられているかである。
この心が一つになっていれば、死ぬことになるとしても、生きることになるとしても、畏れなくなる。
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【本文解説】
孫子は、道とは、国民とその上に立つ指導者(王など)の心や意識が一つになっていることであると述べています。
ここでいう、心や意識というのは、指導者が起こす戦争への意識です。
戦争を起こすことで、国民にも影響が起きるので、国民との心を一つにしなければ戦争はしてはいけないとしています。
この手法は多くの戦争に取り入れられています。
今の言葉で言うと、情報プロパガンダです。
情報プロパガンダと聞くと、あまり良いイメージを持たないかもしれませんが、情報(偽りの情報を含む)を使い、国民と指導者の意思を一つにさせた事例は数多くあります。
例えば、フランス革命です。
以前のブログ【ギャンブル偉人伝】2人目 フランス王国の王妃はギャンブル大好き【悪名はフランス革命の犠牲】でも書きましたが、マリー=アントワネットが『パンがないのなら、お菓子を食べればいいじゃない。』というセリフを言ったことにして、マリー=アントワネットを悪の象徴として祭り上げ、攻撃の対象にし、フランス革命を成功させています。
(マリー=アントワネットの生涯や人柄については、以前のブログで解説しているので、詳しく知りたい方は、そちらをご覧ください。)
また、近年では、第二次世界大戦時の日本を含めた世界中で行われていましたし、現在でも近隣の某国の歴史教育による日本に対する態度や当たり方などは、情報プロパガンダの(日本にとっての)悪用例とも言えます。
このように、指導者の意思と国民の意思が同じ方向を向いていれば、国民は生死を分ける戦争にも疑わなくなる(従ってくれる)と孫子は説いています。
≪ギャンブル依存症的解説≫
国民は誰で、指導者が誰なのかは、ギャンブル依存症的には難しいところです。
(本来なら、ギャンブル依存症当事者が指導者であり(主体者)、その家族や親しい友人などを国民と捉えるべきですが、一概にそうとも言えません。)
しかし、確実に言えるのは、
当事者はもちろんのこと、ギャンブル依存症からの回復に向けて、関わる人の全員が(ギャンブル依存症から回復させるという)同じ気持ちでいる必要がある。
ということです。
ギャンブル依存症の当事者一人がギャンブル依存症から回復をしたいと願っていても、家族や悪友が何も考慮せずにギャンブルに誘ったり、お金を貸したりしてしまっては、ギャンブル依存症からの回復が遠のいてしまいます。
また、ギャンブル依存症の当事者の家族が、その当事者をギャンブル依存症から回復させたいといくら願っても、当事者自身に回復させたいという気持ちがなければ、ギャンブル依存症からの回復は進みません。
ギャンブル依存症から回復は、当事者の回復をしたいという気持ちと、それを取りまくコミュニティ(家族や友人間だけの狭義のコミュニティを言う)が当事者をギャンブル依存症から回復させたいという心が一致することでしっかりと進みだすのです。
これによって生まれる効果で、重要なものが、孫子も述べていますが、『疑わなくなる。』ということです。
全員がギャンブル依存症から回復へ向かうという心の一致ができていれば、当事者にとっては疑われにくくなります。
(まあ、ギャンブル依存症当事者を全く疑うなっていうのが、その家族などにとっては非常に無理な話ではありますが…)
そうすることで、多少は、お互いがギャンブル依存症からの回復に向けて動きやすくなるのです。
つまり、この文から読み取れることは、
当事者とその周りの人々(狭義のコミュニティ)と、当事者をギャンブル依存症から回復することで心(意識)を一致させること。
これが『道』であると孫子は説いています。
この『道』を比べることで、孫子は戦争の優劣を判断すると言っているのですから、成立具合で、ギャンブル依存症からの回復という戦いにも影響がでてくることは確実です。
その理由として、
心を一致させることで疑うことが少なくなり、お互いがギャンブル依存症からの回復に向けた行動が取りやすくなること。
が挙げられます。
ギャンブル依存症から回復する当事者は、本当に動きづらいと思います。
何をするにしても、監視があるようで、それが息苦しくなり、自分一人になったときにスリップしてしまった経験がある人も多いのではないでしょうか。
私もそうでした。
しかし、ギャンブル依存症から回復するという意思をしっかりと具体的に共有したことで、GAやセミナーに行くときも、快く送り出してもらえるようになったことを今でも覚えています。
孫子の教えがここでも活用できそうですね。
明日は、『天』と『地』について解説予定です。
それでは、また。