日米共同声明における「台湾」の扱いがとても注目されていますが、私の考えは前エントリーで書きました。それよりも、私はずっと気になっているのが「ロシアによるクリミア併合への日本の対応が中国側にどういう印象を与えているのか。」という事です。

 あれは2014年に一方的にロシアがクリミア半島を併合した案件でして、その時に日本を始めとする国際社会がどう対応したかに中国は間違いなく注目しているはずです。自分達が台湾に軍事侵攻した際、国際社会がどう判断するかの基準となると思っているでしょう。

 日本が取った措置は、大まかに言って「クリミア半島との貿易停止」、「関係者の資産凍結、入国制限」、「ロシアとの各種交渉、協議の停止」でした。時期的には国際社会よりもワンテンポ遅れました。そして、内容を見てもほぼ具体的な影響無しでしょう。つまり、「けしからん」と言いつつ全力で空振りをしたという事です。しかも、2年後の2016年にはプーチン大統領訪日で3000億円の経済パッケージを提示しています。北方領土交渉をやっている中でプーチン大統領が(多数国間の枠組み以外で)訪日したのはこの時だけです。

(なお、この時のパッケージは民間企業を巻き込んでの大規模なものでした。当時、安倍総理は「公金の投入が3000億円なのではない」といった趣旨の発言をしていました。ただ、ビジネスベースに乗るものであれば、別に政府が旗を振らなくても出資、融資等をしていたはずです。私は政府がリスクの大半を引き受ける形でこれらのプロジェクトが成立していると見ています。今でも何をやったのかがよく分からないのですが、昨年のJOGMEC法改正は、エネルギー特別会計でこの時のケツ拭きをするためのものが含まれているとも言われます。検証が必要です。)

 その他にも、例えば、2016年にシリアのアレッポ空爆が行われた際、G7で声明を出そうとしましたが、日本だけが乗りませんでした。結果、6ヶ国での声明にグレードダウンしました。アサド政権の背後に居るロシアに日本が配慮したと見るのが常識的な見方です。同時期に予定されていたプーチン訪日と北方領土交渉に影響させたくなかったからです。

 そして、日本がこれまで貫いてきた、北方領土の「不法占拠」、「固有の領土」といった表現もかなり後退させました。

 纏めると、クリミア併合に声を挙げる事に後ろ向きで、シリアのアレッポ空爆に対するG7の対応を崩し、日本の北方領土に対するポジションは後退させ、プーチン訪日時に3000億円の経済パッケージを提供、ここまでやって今眼前に何が残っているでしょうか。多分、「交渉への信頼醸成のための呼び水」として期待している共同経済活動くらいでしょう。しかし、検討されている共同経済活動なんてのは、私が20年前に国際法局条約課課長補佐だった時代に私のファイルの中にあったものと同じです。「簡単にやれるのであればとっくの昔にやっていたもの」です。法的立場を害さずにやるのが如何に難しいかが私には身に沁みています。

(北方領土交渉については、多くの政権が「俺ならやれる」と意気込んで着手します。そして、外務省は長年の苦い経験があるので色々と困難を指摘します。それが官邸幹部からすると鬱陶しいと思えてなりません。安倍政権でも官邸と外務省の間のすき間風の一つがこれでした。しかし、結果は上記の通りです。危険なんです、あの「俺ならやれる」感。)

 ここまで対露関係について書きましたが、これらの事を中国はとてもよく注視しています。クリミア併合については欧米は制裁を発動しましたが、結局プーチン政権と決定的に悪くなってはいません。少なくともクリミア併合を見直そうという力は全く働いていません。ましてや、日本については北方領土交渉をネタに強請って、対露関係を悪化させるどころかむしろお土産(2016年経済パッケージ)まで付いてきた、と見ているでしょう。事実上の「(クリミア半島併合の)是認」に近いです。であれば、台湾への軍事侵攻の際も決定的に関係を悪化させる程の事はやらないように仕組む事は出来るのではないか、特に日本についてはやりやすそうだ、という思いを中国共産党指導層が持っていたとしても不思議ではありません。

 

 国際社会では、ゲームの理論的に「相手がどう思っているか」、「相手は自分がどう思っていると思っているか」、「相手は、相手がどう思っていると自分が思っていると思っているか」といった認識の食い違いから紛争が生じていきます。そして、ある一点で原則を崩すと、そこから派生して、他でも原則を崩せると思わせるおそれが常にあります。対台湾政策で日本がどういう立場であるかという事を、中国側に誤解させている可能性が高いと私は思っています。