日米共同声明について色々と論評が出ていますが、ちょっと違った視点から見てみたいと思います。

 

 まず、何度か出て来る「再確認」、「改めて」、「引き続き」という表現ですが、これは「これまで通り」を意味する表現です。勿論、首脳間でこれまでの路線を継続する事を確認する意味合いは大きいです。日米安保というのは紙に書いてある事を放っておけば機能するわけではありません。常にアップデートしながら、既存のコミットメントを確認しなくてはなりません。そういう事の重要性は十分に承知しています。

 

【再確認】
「日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用されることを再確認」
「自由で開かれた南シナ海における強固な共通の利益を再確認」
「北朝鮮の完全な非核化へのコミットメントを再確認」
「拉致問題の即時解決への米国のコミットメントを再確認」
「インド太平洋地域における繁栄を達成し、経済秩序を維持することに対するコミットメントを再確認」

 

【改めて】
「消え去ることのない日米同盟、普遍的価値及び共通の原則に基づく地域及びグローバルな秩序に対するルールに基づくアプローチ、さらには、これらの目標を共有する全ての人々との協力に改めてコミット」
「核を含むあらゆる種類の米国の能力を用いた日米安全保障条約の下での日本の防衛に対する揺るぎない支持を改めて表明」
「南シナ海における、中国の不法な海洋権益に関する主張及び活動への反対を改めて表明」
「(中国に)直接懸念を伝達していく意図を改めて表明」

 

【引き続き】
「在日米軍再編に関する現行の取決めを実施することに引き続きコミット」
「普遍的価値及び共通の原則に基づき、引き続き連携」
「皆が希求する、自由で、開かれ、アクセス可能で、多様で、繁栄するインド太平洋を構築するため、かつてなく強固な日米豪印(クアッド)を通じた豪州及びインドを含め、同盟国やパートナーと引き続き協働」
「非市場的及びその他の不公正な貿易慣行に対処するため引き続き協力」

 

 最も注目された「台湾」については、正確に言うと「台湾(あるいは中華民国)」について直接触れた部分はありません。触れられているのは「(中国と台湾の間にある)台湾海峡」です。「日本海」について触れるのと、「日本」について触れるのは意味合いが違うというのはご理解いただけると思います。では、具体的な表現を見ていきます。

「日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す。」

 よく読んでください。誰が読んでも当たり前のことしか書いていないのです。これに反対するとすれば、「台湾海峡の平和と安定の重要性がない」と考えるか、「両岸関係の非平和的解決を促す」方だけです。さすがに中国も表向きそんな事は言わないでしょう。しかし、以下の文章だったらどうでしょう。

 

「日米両国は、台湾の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す。」

 

 これだと全然意味合いが違います。「台湾の平和と安定」と「台湾海峡の平和と安定」では、台湾への肩入れの仕方が違います。そして、アメリカから来た最初の案は前者だったと私は見ています。日本側はそこまでは言えないと判断して、表現を薄めるために対案として「台湾海峡の平和と安定」という、用語としてはかなり無効化されたものを出したのでしょう。

 

 中国はこういう外交文書上の機微を十分に承知しているでしょう。内容としては誰も反対出来ない内容なのですから、中国が怒るとしたら「台湾という名前が出た事」だけです。表向きは激しい反応をしていますが、あれは内政上怖い軍人さん対策の面もあります。ホンネは違う所にあるはずです。

 

 次いで、香港や新疆ウイグル自治区の人権関連です。

 

「日米両国は、香港及び新疆ウイグル自治区における人権状況への深刻な懸念(serious concern)を共有する。」

 

 ここにある「深刻な懸念」がどの程度の表現かという事ですが、例えば、「東シナ海におけるあらゆる一方的な現状変更の試み」、「南シナ海における中国の不法な海洋権益に関する主張及び活動」には「反対(oppose, objection)」しています。そして、「ミャンマー国軍及び警察による市民への暴力」については「断固として非難(firmly condemn)」です。これらの事に比べると、「深刻な懸念」というのは重大さを下げた表現です。中国としては面白くは無いでしょうが、「想定の範囲内」だろうとも思います。

 

 共同声明から少し離れますが、中国の少数民族対策が近年極めて雑だという印象を持っています。寛容さが下がってきています。中国共産党指導層の中に、かつてであれば必ず一定の地位を占めていた少数民族出身者が少なくなっているのも影響しているかもしれません。今の強権振りは取りも直さず「自信の無さ」と表裏一体です。私は20年くらい前にチベットにも、新疆ウイグル自治区にも個人旅行をした事があるので、その感覚がよく分かります。ただ、あれでは「(中国という)国民国家」には向かわないだろうと思います。

 

 ちょっと政治系の話を離れて、私が「?」と思った所があります。

 

「日米両国はまた、パンデミックを終わらせるため、グローバルな新型コロナウイルス・ワクチンの供給及び製造のニーズに関して協力する。」

 

 この何の意味もない一文。恐らくは日本がワクチン供給について、アメリカ側に踏み込んだコミットメントを求めた事に対して、アメリカ政府からいい返事が得られなかった事の残りだと思います。かなり押し込んだけどダメだったので、訪米中に菅総理がファイザー社長と電話会談したと、私は見ます。よく考えてみてください。電話会談で良いのなら、菅総理がワシントンに居る必要はありません。必要性があったのであれば、訪米と関係なく、一日でも二日でも早く電話会談して纏めるべきものです。それが訪米中となったのは、政府間交渉で色よい返事得られなかったので急遽入れた事を窺わせるわけです。

 

 あと、オリンピックについても「?」でした。

 

「バイデン大統領は、今夏、安全・安心なオリンピック・パラリンピック競技大会を開催するための菅総理の努力を支持する。両首脳は、東京大会に向けて練習に励み、オリンピック精神を最も良く受け継ぐ形で競技に参加する日米両国の選手達を誇りに思う旨表明した。」

 

 まず、バイデン大統領が支持したのは、東京オリパラの「開催」ではありません。開催のための「菅総理の努力」です。G7でもこの表現でしたが、その壁を越える事は出来なかったという事です。そして、次の文ですが若干の唐突感がありますね。アメリカ代表団の参加確約を日本側から強く求めたけども、そこまでのコミットが得られなかった事の残りだと思います。

 

 その他、「北朝鮮のミサイル発射に対するメッセージが弱いな」とか、「日米貿易問題について言及がない。トランプ大統領時の約束は引き継がないのだろう。日米貿易協定(での大盤振る舞い)は、安倍総理によるトランプ大統領へのお土産だった。」とか思う事は多々ありますが、また、気付いたら色々と書いていきたいと思います。

 

 全体としては、アメリカにかなりに押し込まれたけれども、日本側は上手くその圧力をかわして穏当な所に収めたと思います。一定の評価をすべきものでしょう。そして、中国側は表向き強い言葉を使っていますが、これくらいであれば決定的に関係を悪化させる程の事はしないでしょう。