習近平主席の国賓訪問に際して、「5つ目の文書」を作る事が話題になっています。日中関係では、節目節目で文書を作成しています。これまで4つあったのですが、5つ目が検討されているという事です。過去の文書を振り返っておくことは重要だと思いますので、書き連ねたいと思います。

 

【① 日中共同声明(1972年)】

 田中角栄総理大臣による日中国交正常化の時の文書です。基本中の基本とされています。

 

(1) 不正常な状態の終了

(2) 日本は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認
(3) 中華人民共和国は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを表明。日本は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重

(4) 中華人民共和国は戦争賠償の請求を放棄を宣言

 

 この文書を正しく理解するには、当時の条約課長であった栗山尚一元外務次官の論稿を読まないと分かりません。非常に雑に言うと、「日本はサンフランシスコ平和条約で台湾を放棄した。その後の台湾の法的地位については立ち入らない。」という事です。文書をよく読むと、「中国が台湾が中国の一部であると言っている事はよく分かるし、尊重する」と言っていますが、何処にも「台湾は中国の一部だ」と認めた部分はありません。

 

 声明全体として、日中関係を切り開くという意味合いが強く、まだ、毒々しい部分はありません。日中それぞれの知性を駆使した文書だと思います。

 

【② 日中平和友好条約(1978年)】

 上記の声明で国交正常化を果たした後、平和友好条約でそれを確定させます。この条約については、日中間と言うよりも、当時の中ソ関係が悪化していた事に伴う問題の方が大きかったです。いわゆる「覇権条項」問題です。国際法のプロである小和田恆元外務次官(当時、総理秘書官)が活躍されました。

 

 第二条に「両締約国は、そのいずれも、アジア・太平洋地域においても又は他のいずれの地域においても覇権を求めるべきではなく、また、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国又は国の集団による試みにも反対することを表明する。」とありますね。これについて、ソ連が「この覇権を確立しようとする国とはうちの事か?」と噛み付いてきたのです。

 

 しかし、①の声明を見ていただければ分かりますが、6年前の国交正常化の段階でもほぼ同じ事を表明しているのですね。その時はソ連は何も言いませんでしたが、国際情勢の変化により、同じ事を言っても「俺に対する当て付けか?」と噛み付いてきました。解決策は、第四条の「この条約は、第三国との関係に関する各締約国の立場に影響を及ぼすものではない。」というものです。これ自体も、①の声明の中にあるのですけどね。ただ、それでもソ連はこの条約に対してブーブー言っていました。

 

 学べば学ぶほど、この条約は「なんか、変な所に波及して不幸だった。」というふうに思わされます。

 

【③ 平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言(1998年)】

 過去の4文書の中で、最もトゲトゲしいのがこれです。江沢民主席が国賓訪日した際のものです。同主席のキャラもあるのでしょう、文章の端々に厳しいやり取りが残る文書です。特に2つだけ挙げておきます。

 

「双方は、過去を直視し歴史を正しく認識することが、日中関係を発展させる重要な基礎であると考える。日本側は、1972年の日中共同声明及び1995年8月15日の内閣総理大臣談話を遵守し、過去の一時期の中国への侵略によって中国国民に多大な災難と損害を与えた責任を痛感し、これに対し深い反省を表明した。中国側は、日本側が歴史の教訓に学び、平和発展の道を堅持することを希望する。双方は、この基礎の上に長きにわたる友好関係を発展させる。」

 

 これは相当に中国側が拘ったのでしょうね。文章の構造から、日本が詫びを入れ、中国が「良かろう。これからもその調子で頑張れ。」という構図になっています。

「日本側は、日本が日中共同声明の中で表明した台湾問題に関する立場を引き続き遵守し、改めて中国は一つであるとの認識を表明する。日本は、引き続き台湾と民間及び地域的な往来を維持する。」

 これにはとても重要なポイントがあります。これまで日本は「中国は一つ」と言った事はないはずです。ギリギリの所でそれを言わないようにしたのが日中共同声明でした。日本側の精一杯の抵抗が「改めて」という文字です。「過去に言った事と変わらないですよ。」という意味です。なお、分かりにくいのが「地域的な往来」です。これはAPECメンバーである台湾とのAPECを通じた往来です。これが無いと、APECでの往来すらダメだという事になりかねませんからね(今ではWTOを通じた往来も出て来ました)。当時の中台関係の緊張化もあったのでしょう、中国側の厳しさが目に留まります。

 

 ポジティブな面もあります。「中国側は、日本がこれまで中国に対して行ってきた経済協力に感謝の意を表明した。」、こういう事を中国が言うのは初めてだったと思います。それまでは「感謝」という言葉ではなく、「評価」でしたから。

 

【④ 「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中共同声明(2008年)】

 これは胡錦濤主席の国賓訪日時のものです。これまた、同主席のキャラがあるのか、親中である福田総理のキャラがあるのか、日中関係の進展があるのか分かりませんが、極めて前向きな要素の多いものです。何と言っても、殆ど「戦後問題(お詫びと反省)」と「台湾問題」が無いのです。

 

 特に「4.」の所など、極めて印象的です。

 

(1)日本側は、中国の改革開放以来の発展が日本を含む国際社会に大きな好機をもたらしていることを積極的に評価し、恒久の平和と共同の繁栄をもたらす世界の構築に貢献していくとの中国の決意に対する支持を表明した。

(2)中国側は、日本が、戦後60年余り、平和国家としての歩みを堅持し、平和的手段により世界の平和と安定に貢献してきていることを積極的に評価した。双方は、国際連合改革問題について対話と意思疎通を強化し、共通認識を増やすべく努力することで一致した。中国側は、日本の国際連合における地位と役割を重視し、日本が国際社会で一層大きな建設的役割を果たすことを望んでいる。

 お互いがお互いを誉めている状態です。10年前の江沢民主席の時とは大違いです。全体のトーンが極めて前向きで、「あれこれと釘を刺してやろう」という感じが殆ど無いのです。過去を知る者として、当時、「時代が進んだんだな」と感じたものです。

 

 私なりの視点で、4つの文書を振り返ってみました。これが正解と言うわけではなく、論者によって見方は異なるでしょう。さて、習近平主席訪日時の5つ目の文書については、そもそも、それを作るかどうかについても政府部内に異論があるようです。あの習近平のキャラから言うと、王滬寧(チャイナセブン、序列5位)的な「中国の夢」を押し込んでくるのかな、「一帯一路」についての高評価を要求してくるのではないか、蔡総統再選を受けて台湾について強い記述を求めてくるのではないか、香港情勢については中国は書きたくはないだろう、人権や香港で弱い事を書いていると日本は世界で評価を下げるだろう、そんな事を考えます。