あけましておめでとうございます。年末の衝撃的な逃亡劇には驚きました。最初の感想は「そういう人なんですよ。発想方法が違うのです。」というものでした。その後、少しずつ事実関係が明らかになってきていますが、私の思うところを書いておきます。

 

● 総論(整理を付けるべき事)

 まず、「カルロス・ゴーン氏が有能なビジネスマンであった事」、「カルロス・ゴーン氏が日本法に反する行為を行った事」、「日本の司法制度に問題がある事」は明確に分けるべきです。ここを混在した議論が散見されます。有能なビジネスマンであったから何でも免責されるわけではありません。また、司法制度に問題があると指摘したからと言って、日本法に反する行為が帳消しになるわけでもありません。

 

● どうやって出国したか。

 私は当初から「人間」としてではなく、「モノ」として出国したと思っていました。「(レバノン)外交官の主権免除を使って出国した」という論調もありましたが、それは外交封印袋(パウチ)にカルロス・ゴーン氏を入れるという事でしょう。さすがにそれは無理だと思います。以下を見ていただければわかりますが、カルロス・ゴーン氏の身体を入れて外交封印袋に入れてたらバレバレです。バレたら、駐日レバノン大使はペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)として、即、日本から追い出されます。

 

【外交関係に関するウィーン条約第二十七条(抜粋)】
3 外交封印袋は、開き又は留置することができない。
4 外交封印袋である包みには、外交封印袋であることを外部から識別しうる記号を附さなければならず、また、外交上の書類又は公の使用のための物品のみを入れることができる。
5 外交伝書使は、自己の身分及び外交封印袋である包みの数を示す公文書が交付されていることを要し、その任務の遂行について接受国により保護されるものとする。その外交伝書使は、身体の不可侵を享有し、いかなる方法によつてもこれを抑留し又は拘禁することができない。
 

● レバノン政府からの申し入れ

 レバノン政府側から「カルロス・ゴーン氏をレバノンで裁くので引き渡してほしい」という要望があり、それを日本が拒否したという報道があります。報道を見る限りでは、その根拠となっているのは「国連腐敗防止条約」です。ただ、ここで言う「腐敗」とは基本的には公務員への汚職事案であり、特別背任といったような経済犯罪ではありません。

 

 しかも、この条約で定められているのは「訴追か、引き渡しか」の義務です。条約に反する腐敗行為を取り締まる時、日本が訴追しないのなら請求のある国へ引き渡せという事です。日本は既に訴追手続きが進んでいるので、仮にカルロス・ゴーン氏の行為が「腐敗」に当たるとしても、レバノンに引き渡す道理はありません。日本が拒否したのではなく、そもそも、条約の読み方としてレバノンからの申し入れは「お門違い」なのです。

 

● 法的に見た今後

 日本とレバノンの間には犯罪人引き渡し条約がありません。日本はこの分野であまり積極的ではなく、条約があるのはアメリカ、韓国との間だけです。これらの国に入ったら、日本はカルロス・ゴーン氏に対する犯罪人引き渡し条約を発動する事になります。他方、今回の逃亡に深く関与したと思われるキャロル・ゴーン氏については出入国管理法等違反での共犯の可能性が高いですが、同氏についてはアメリカ国籍を持っているので、日米犯罪人引き渡し条約によってもアメリカ政府には引き渡しの義務が生じません。

 

 したがって、カルロス・ゴーン氏がレバノンに居る限りは日本の裁判権に服することは無いでしょう。そもそも、レバノンには、テルアビブ空港乱射事件を起こした日本赤軍の岡本公三氏がまだ居るくらいですから、こういう引き渡しは絶対にやらないと見ておいて間違いないです。

 

 他方、日本は刑事共助についてはアメリカ、韓国、ロシア、中国、香港、EUとの間に協定があります。EUとの間で有名なのは、JOCの竹田会長に対するフランス検察の事情聴取です。あれは日EU刑事共助協定に基づいて行われています。仮にゴーン夫妻がEU領内に入ったら、日本はその国に刑事共助の申し入れをする事になるでしょう。そこで捜査、訴追その他の手続の対象となります。なお、ゴーン夫妻の違法行為については、同協定における共助拒否事由には当てはまりません。関係の深いフランスでも断れないでしょう。これを何らかの理由で断っていたら、竹田前JOC会長の訴追案件にまで影響しそうです。

 

 そもそも、カルロス・ゴーン氏はフランスでも訴追のおそれがあります(ヴェルサイユ宮殿における豪華結婚式の費用等)。逆にレバノン政府は「自国で裁く」と言っていますが、レバノンの刑法においては外国で行われた経済犯罪にまで適用されるほど、国外犯規定が広いとはとても思えません。何の法に基づいて何を裁くのかすら、私には分かりません。支離滅裂です。

 

 そう思うと、カルロス・ゴーン氏はそうそう国外に出られるとも思えません。フランスのパニエ・リュナシェ経済・財政省閣外担当相が「フランス国民としての庇護が与えられる」と言っているのを日本のメディアは拡大解釈していますが、よく読んでみると、彼女が言いたかったのは「他のフランス人と変わりなく扱う」という事です。つまり、「(犯罪人引き渡し条約のない)日本には引き渡さない」という事ですが、その裏には「日本からの刑事共助が来たら、他のフランス人と同じように共助に応じる。」という事も含まれるはずです。

 

● 日本の司法の問題

 これも2つの論点があります。「訴追されたら99%有罪」と「人質司法」です。私は前者については、日本の検察は極めて手堅くやっている事の証左だと思うのですね。一部、村木厚子元厚生労働事務次官のケースのように、立件したら無理に無理を重ねて証拠集めに走るという弊害がありますが、総じて「有罪にできるものしか立件しない」という手堅さの裏返しでもありますので、そこはきちんと反論すればいいと思います。

 

 一方、勾留を長引かせる人質司法については、反論は簡単ではありません。例えば、森友学園事案での籠池氏の勾留が300日にも及んだのは異常でした(私は同氏が行った行為を是としているのではありません。証拠隠滅の可能性がないのに、恐らくは政治的思惑を忖度して勾留を長引かせた事に対する問題点の指摘です。)。今の勾留の仕組みは恣意性が高く、証拠隠滅の可能性がないにもかかわらず勾留を長引かせる事は止めさせるべきです。逃亡防止については、むしろ、GPSブレスレットの導入を進めるべきでしょう。カナダで逮捕され、保釈されたファーウェイの孟晩舟副社長は足首にGPSタグを付けられています。

 

● 今後

 ゴーン夫妻は国際的な宣伝戦に出てくるでしょう。一方的な主張を振りまく可能性大です。日本は英語、フランス語で適切に反論できるようにしておく必要があります。その際、新聞、雑誌等に反論を掲載していく事は重要ですが、報道番組に出ていったりして英語、フランス語で日本の正当性を訴えていくべきだと思います。というか、それをやらないとゴーン夫妻の徹底的なメディア戦略にやられてしまいます。

 

 まず、茂木外相、森法相あたりは止めておくべきです。外国語に難を抱えていますので、無理でしょう。法務省や検察関係者も止めておいた方がいいと思います。外交官の中では、駐レバノン大使は、アラブの専門家としてとても素晴らしい方なのですが、英語、フランス語に長けているわけではありません。あと、外務省のフランス語研修組は、フランス語の下手な方がかなり居て、誰でも投入できるわけではありません(この点はかつて国会で指摘したことがあります。)。

 

 私は駐フランス大使がどんどんメディアに出張っていけばいいと思います。ただですね、今、駐フランス大使については人事の端境期でして、前大使が帰朝して、まだ、新任大使が(パリに着任しているかどうかは知りませんが)マクロン大統領に信任状を奉呈していません。新任大使は英語、フランス語共にお上手な方なので、このようなミッションに適任だと思うのですが、大使が外交活動を始められるのは、その国の国家元首に(天皇陛下からの)信任状を奉呈してからです。ちょっとタイミングが悪いなという気がします。

 

 という事で、あれこれと思いを書きました。書き終えて、何とももどかしい案件だと改めて思います。