日米首脳会談で大きなテーマとして「経済問題」があります。恐らくトランプ大統領的は焦点をここに持ってくるでしょう。残念ながら、北朝鮮問題は「任せとけ」くらいのリアクションではないかと思います。シリア情勢は長引くのであれば、「日本は何をしてくれるのだ。」という話を持ち込まれるでしょうし、そもそも、今次空爆に対する日本のポジションは、化学兵器使用を許さないという決意を支持し、空爆そのものについては、更なる事態の悪化を防ぐためのものであると理解しているだけなので、あまり議論が深くなると日本側が困るのです。

 

(日本は空爆そのものについては何のコメントもしていないに等しいです。好意的な配慮としての「理解」すらしていません。理解したのは、更なる事態の悪化を防ぐものであるという事だけです。トランプ大統領から「空爆の支持ありがとう。」と言われたら、本来は若干打ち消さなくてはならないレベルです。)

 

 そのような中、経済問題については、日本側にも一定の原則論があって然るべきです。本来であれば、以下のような事を事前に安倍総理に予算委等で確認しておくべきだったんじゃないかなと思います。以下の内容はかなりガチガチですので、全部踏襲していたらアメリカとの交渉にはならないでしょうが、かと言ってすべて無視していいものではありません。

 

● 数値目標は受け入れない。

 1995年、日米自動車協議に際して、アメリカのミッキー・カンター通商代表は橋本龍太郎通産相に対して数値目標を要求してきました。数値目標というのは、価格とか競争力と関係なく、「〇〇を●●台(●●トン)買う」と約束する事です。橋本通産相は、数値目標は自由貿易の原則に反するとして、原則論から徹底的に撥ね続けました。当時、非常に細かい議論をしたらしく、途中から通訳がついていけなくなったという逸話が残っているくらいです。当時の橋本通産相の活躍は、その後、総理になる道筋となったとも言われています。

 

 一番、トランプ大統領が言ってきそうなのはこの数値目標的アプローチです。「ビーフを●●トン買うと約束しろ。」くらいの事は言うでしょう。ただ、日本は橋本通産相時の「数値目標は絶対に受け入れない」というDNAは継承すべきです。

 

●輸出自主規制はWTO協定違反。

 GATT時代から、輸入数量規制というのはGATT違反でした。なので、灰色措置としてやり始めたのが「輸出自主規制」という名前の事実上の数量規制でした。アメリカが輸入の数量を規制するのではなく、日本が輸出の数量を「自主的に」規制するという事です。日本が1980年代、これに苦しんできました。そして、WTOセーフガード協定でようやく蓋をしました。

 

【WTOセーフガード協定(抜粋)】

第十一条 特定の措置の禁止及び撤廃

1.

(略)

(b) 更に、加盟国は、輸出自主規制、市場の秩序を維持するための取決めその他輸出又は輸入の面における同様の措置(注1、注2)をとろうとし、とり又は維持してはならない。(以下略)
注1: 千九百九十四年のガット及びこの協定の関連規定に適合するセーフガード措置としてとられる輸入割当ては、相互の合意により輸出加盟国が管理することができる。
注2: 同様の措置の例には、輸出の抑制、輸出価格又は輸入価格の監視制度、輸出又は輸入の監視、強制的な輸入カルテル及び裁量的な輸出又は輸入の許可制度であって、保護を提供するものが含まれる。
(略)
3.加盟国は、公私の企業が1に規定する措置に相等する非政府措置をとり又は維持するよう奨励し又は支持してはならない。

 

 しかし、今回、韓国は対アメリカで輸出自主規制を事実上受け入れたようです。ここで日本が輸出自主規制を受けたら、上記のWTOセーフガード協定は有名無実化します。ここは胆力を持って頑張るべき所です。

 

●農業での更なる譲歩は大問題。

 昨年、私は「日米交渉で、TPP以上の譲歩はしないという事か。」と農林水産省に質問しています。

 

【平成29年4月7日衆議院内閣委員会】
○緒方委員 (略)今後の日米関係がどうであっても、当面、米国から輸入する農産品に対する保護水準というのは、少なくともTPPで譲歩したライン、それよりも保護水準が下がるというような形で米国の農林水産品が輸入されてくるということはないというふうに理解してよろしいでしょうか、細田政務官。
 
○細田大臣政務官 (略)一般論として、私ども、農林水産分野における貿易交渉に対する方針を申し上げれば、農林水産省としては、今後とも我が国の農林水産業をしっかり守っていくために、農林水産品について、貿易、生産、流通実態を一つ一つ勘案して、そのセンシティビティーに十分配慮しながら対応していくという方針でございます。

 

 何回かやり取りしましたが、これ以上の答弁はありませんでした。普通に読めば、譲歩する可能性を残しているのだろうなという感じを受けるでしょう。

 

 ただですね、例えば、日豪FTA合意の際、牛肉の現行38.5%の関税が、冷凍もので18年目に19.5%まで削減、冷蔵もので15年目に23.5%まで削減となった際、「ここがレッドライン」と言いました。しかし、TPPの時には関税は38.5%から最終的には9%まで下げる事を約束しました。その時も「レッドライン」と言いました。日米交渉で更にレッドラインが下がるとなると、レッドラインが2度後退した事になります。もう、農家は政府を信用しなくなるでしょう。時折、農水省は「和牛は輸入牛肉とは価格、品質で差別化されている。」なんて理屈を言いますが、「それなら関税なんて要らない。」という結論にすらなりかねません。

 

●アメリカの鉄鋼・アルミニウム輸入制限はWTO協定違反。

 これは言うまでもない事なのですが、WTO協定の複数の規定に明確に違反しています。トランプ大統領のスタイルに慣れてしまって、痛痒感が無くなる事は大問題です。1990年代の日本、特に当時の通産省なら「WTO紛争解決に持ち込んでやる。」くらいの発言が出てきてもよさそうなものですが、それすら聞こえてきません。

 

●スーパー301条的アプローチは受け入れない。

 これについては、最近、エントリーを書きました。スーパー301条というのは、アメリカがおかしいと思った他国の通商について調査を掛け、クロと認定したら制裁を打つというものです。総じて、調査を掛ける段階で脅しが効いて、何らかの形で通商実務の変更をする事になります。もっと簡単に言うと、「行いを改めなければ、制裁を打つぞ。だから行いを改めろ。」という脅しみたいなものです。

 

 1980-90年代、日本はスーパー301条に非常に厳しい姿勢を貫いていました。しかし、上記のリンクにあるように、最近、そういう厳しい感じがないのです。現時点で日本に発動されるような見通しはありませんが、原理原則論として先人がアメリカの無理難題に対峙してきた積み上げを大事にしてほしいと思います。

 

 あれこれ書きましたが、トランプ政権の姿勢を見ていると、アメリカに対してこれらの原理原則を貫くというのはかなりハードルの高い事でしょう。しかし、すべて妥協してしまったらもうボロボロです。折角、予算委等の機会があったのだから、野党としてこれくらいの質疑はやっておけば良かったのにね、と思います。