日EUの経済連携協定が大筋合意をして、その中で「地理的表示」についても全体像が纏まったようです。

 

 地理的表示というのは、ある地名と産品が密接に結びついていて、その名前が付いている事が特定の品質を保証するというものです。簡単に言うと、ボルドーワインというと「ああ、あのボルドーで作られているワインなら良質なものに違いない。」と判断する方が多いでしょう。逆にボルドーのワイナリーの方からすると、「自分達は昔からずっと技術を培って、このボルドーワインを作り上げてきた。なので、勝手に『ボルドー』の名前を使われては困る。」という事になります。

 

 1995年に発足したWTOでは、ワイン、蒸留酒については「仮にボルドーで作られた物でない事が明らかであっても、ボルドーの名前を使う事はダメ。」という厳しい規制になりました。つまり、「カリフォルニア産ボルドーワイン」もダメという事です。ワイン、蒸留酒以外は「誤認させる事が無ければ使ってOK」という事になっています。なので、現時点では「北海道産ロックフォール(チーズ)」というのはOKです(今後はダメになりますが)。この「誤認させなくてもダメ」と「誤認させないのであればOK」というのが大きな違いです。

 

 大体、この地理的表示のルールは、歴史の古い欧州側に有利です。逆に新大陸側は積極的ではありません。欧州から移民でやってきた先祖が、生まれ故郷の事を思いながら作ったものに、その生まれ故郷の名前を使えなくなるとはおかしいみたいな思いもあると思います。そのせめぎあいの中で、「ワインと蒸留酒だけは地理的表示の厳しい規制を受け入れるけど、それ以外はダメ。」という収まりをしたのがWTO協定です。しかし、EUはその後も引き続きこの地理的表示の厳しい規制を他の品目にも広げようと、二国間の経済連携協定でどんどんと推し進めています。

 

 そういう中、私自身は「日EUの経済連携協定で、この地理的表示の対象が広がり過ぎてしまうと面倒だけどな。」と思っていました。EU内では非常に広い品目が地理的表示の厳しい規制の対象になっているので、それをそのまま日本に認めさせようとするのではないかと懸念していました。例えば、フランスでは肉、海産物、フルーツ等、とても多くのものが対象になっています。

 

 そうしたところ、日EU経済連携協定の地理的表示について、マスコミ報道で「ゴルゴンゾーラの名称は使えなくなる。」というものが出ました。最初に見た時、「なんで、ゴルゴンゾーラばかりクローズアップされるのだろうか。他にもたくさんあるではないか。」と不思議になりましたが、詳細を見ていくと理由が分かりました。

 

 今回の合意で認められた欧州分日本分それぞれの地理的表示のリストを見てみました。相当に対象が絞り込まれている上に、その規制の中身もかなり限定的です。

 

 まず、既に一般名詞化されている「カマンベール」、「ブリー」、「エメンタール」みたいなものは対象から外れています。誤認が無くても使ってはならない厳しい規制となるのは「カマンベール・ド・ノルマンディー」、「ブリー・ド・モー」、「エメンタール・ド・サヴォワ」です。これはフランス国内でも、既にカマンベール町で作っていないチーズでもカマンベールと呼ばれているものがあるため、一般名詞としての「カマンベール」を規制できないという背景があります。なので、「カマンベール・ド・ノルマンディー(ノルマンディー地方のカマンベール)」はダメだとまでしか言えなかったのです。「北海道産カマンベール」はOKだけど、「北海道産カマンベール・ド・ノルマンディー」はダメという事になります。

 

 更には、「グラナ・パダーノ」、「ペコリーノ・ロマーノ」、「ニュルンベルガー・ブラートブルスト」のようなものは、「グラナ」、「ペコリーノ」、「ブラートブルスト」は地名でも何でもないので保護しない事になっています。なので、これらも複合語だけが厳しい規制を受けます。なので、「北海道産グラナチーズ」はOKだけど、「北海道産グラナ・パダーノ・チーズ」はダメという事になります。

 

(注:細かい事ですが、グラナ・ロマーノの内、グラナもロマーノも単体でかつ誤認が生じないのであれば使って構わないとなっている一方で、グラナ・トスカーノのトスカーノについては、単体でかつ誤認が生じないのであってもダメだとなっています。トスカーナ地方がかなり抵抗した事が伺われます。なので、北海道でグラナ・トスカーノ風のチーズを作って、「北海道産トスカーノ・チーズ」はダメになっています。逆に「北海道産ロマーノ・チーズ」はOKです。)

 

 そうやって、丁寧に色々なものを外していった結果、日本で広く知名度のある地理的表示で今回、厳しい規制が掛かるのがゴルゴンゾーラ(+α)くらいしかないのです。私がパッと欧州分を見て、そういう広く知られているものと言えばゴルゴンゾーラ、ロックフォールくらいかなという気がします。その他にも、かつてフランシュ・コンテ地方に住んでいた事から特別の思いがあるコンテ(チーズ)とか、ギリシャのフェタ、デンマークのダナブルあたりも、単体で厳しい規制が掛かりますが、そこまで広く知られているわけでもありません。なので、報道する時に「ゴルゴンゾーラ」だけがクローズアップされたのだという事です。

 

 そもそも、現時点で日本国内でかなりの知名度があるもので、類似品が出回っているものでなければ、別に誤認を生じさせなくても地名を使っちゃいけないという厳しい規制を課したところで殆ど意味がないと思うのです。仮にそういう類似品をこれから日本で流行らせようとするのであれば、その地名を使わない何か別のマーケティングの手法を考えればいいだけです。

 

 そういう意味で、日本の交渉官はよく頑張ったなと思います。国内市場で既に出回っている類似品については、一部の知名度のあるものを除けば、殆ど影響のない形でこの交渉を纏めてきています。今後の市場排除効果は限定的でしょう。EUの無理筋な要求を丁寧に外していった姿が、このEU側の地理的表示リストから見えてきます。

 

 逆に言うと、マスコミの方はもう少し農林水産省に取材をして、「何故、ゴルゴンゾーラだけがクローズアップされたのか。」を説明してもいいと思うんですけどね。