憲法改正の文脈の中で、憲法裁判所の設置の話があります。多分、フランスの憲法院(Conseil Constitutionnel)に強く示唆を受けていると思います。なお、私は日本での憲法裁判所の導入には否定的です。

 

 フランスでは、裁判手続きというのは3つに分かれています。通常の裁判、行政裁判、合憲性を判断する裁判の3つです。これらは全く別の組織として認識されています。

 

 憲法院というのは合憲性の判断をする組織であって、議会で法律が成立した後、大統領、首相、両院議長、60名の国会議員のいずれかからの請求があれば、その法律の合憲性の判断を憲法院に付託する事が可能になります。基本的には法律が成立する前の事前審査をする組織でしたが、近年、憲法改正によって、一定の要件を具備すれば一般の国民でも付託する事が出来るようになっています。

 

 あと、憲法院のメンバーは、大統領、両院の議長がそれぞれ3名ずつ選びます。その他に大統領経験者もメンバーになります(が殆ど出席しない人もいます。)。憲法院のメンバー(元大統領を除くと9名)は、結構政治家が多くて、今の院長はファビウス元首相です。その他にもシャラス元予算相、ジョスパン元首相が入っています。右派のシャラス元予算相を推薦したのは右派のサルコジ大統領、左派のジョスパン元首相を推薦したのは、左派のバルトロヌ国民議会議長、左派のファビウス元首相を推薦したのは左派のオランド大統領と、分かり易い構図になっています。現在は憲法院のメンバーになるには国会承認が要件となっていますが、その時の与党が推薦する限りは普通は承認されるはずです。

 

 日本で導入する際に気になるのは2点。①任命がとても政治化しないかという事、②濫用されないかという事です。

 

 フランスでも、政治家がそれぞれの色を持っているとは言え、憲法院の判断が極めて政治的だという事ではありません。それなりに政界で重鎮であった方々ですから、そんな恣意的な事をするはずもありません。それでも任命権者の決め方次第では極めて恣意的な人事をする事も可能となります。仮に憲法院を導入するとすれば、政治色を排するための仕組みを導入する必要があります。ここは制度設計次第でしょう。

 

 むしろ、私が気になるのが「使われ方」です。野党が気に食わない法律については、すべからく憲法院送りという事になってしまう可能性なしとしません。フランスではそういう品の無いやり方はしませんが、日本でそれが担保される可能性はありません。そうすると、法律が成立するためには衆議院での可決、参議院での可決に加え、憲法院での審査というかたちで、法律成立までのハードルが上がっていく事になります。結果として、国政の停滞を招く可能性があるわけです。年金改革をしたら「憲法25条(生存権)違反だ」と言われ、TPPを承認したら「憲法29条(財産権)の侵害だ」と言われ、個人情報保護法を改正したら「憲法21条(表現の自由)違反だ」と言われて、憲法院での更なる審査の時間を経なくてはならないというと分かっていただけるでしょうか。

 

 この防止は制度設計で担保することが不可能です。というのも、与党が付託するはずもないので、野党単独で付託出来るような制度にしておく必要があります。なので、野党だけでどんどん付託出来る仕組みにならざるを得ません。となると、最後は「そんなに何でもかんでも憲法院には持っていかない」という相場観や政治文化を作らなくてはなりません。そこに私は一抹の不安を覚えます。

 

 法律というのは、両院の議決を以て成立するのが今のルールです。憲法院の導入によって、それを実質的に書き換えるような事になりはしないかという不安は拭えません。であれば、今の最高裁の違憲立法審査権の充実で対応するのが現実的な方策ではないかなと思うわけです。現状維持的な発想はあまり好きではありませんが、何となく嫌な予感がするのです。