先のエントリーに続き、南沙諸島はどの国に帰属するのか、という問いについて書きます。昔、国際法局条約課で正にこういう問題の担当だったので思いが深いです。

 色々な考え方があるでしょうが、恐らく日本政府は「帰属は未定。うちが決めることではない。」と考えているはずです。

 というのも、南沙諸島はサンフランシスコ平和条約で、日本が放棄した領土だからです。

【サンフランシスコ平和条約第二条】
(a) 日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(b) 日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(c) 日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(d) (略)
(e) (略)
(f) 日本国は、新南群島(注:南沙諸島)及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

 これの読み方なのですが、(a)と(b)では根本的な所が違う事にお気づきいただけると思います。(a)は朝鮮の独立を承認していますが、(b)は単にすべての権利、権原及び請求権を放棄しているだけです。つまり、この(a)で分かることは、日本が朝鮮半島に対するすべての権利等を放棄した上で、それは独立した朝鮮という国に属することまでです。しかし、(b)、(c)、(f)は違います。この条約の締約国が約束しているのは、単に「日本の領有ではないですよ。」ということまででして、それが何処の国に属するかについては何の約束もありません。

 その後、台湾、千島列島、南樺太、南沙諸島、西沙諸島については、国際法上、何らかの仕切りをしたことはありません。それが日本の公的なポジションです。南樺太や千島列島については、「帰属を決定するならばロシアになるべきもの」という所まではコミットしていますが、最終的な帰属は未定ということです。台湾についてはもっと微妙でして、1972年の日中共同声明では「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重」するとなっていますが、この含意は「けど、それを決めるのは日本ではない。」ということです。

 実は国際法上は、南沙諸島も同じ位置づけなのです。南樺太、千島列島、台湾等と同じ表現であることに気付いてもらえるでしょう。日本はサンフランシスコ平和条約で南沙諸島を放棄した、その後の領有権は日本が決めることではない、ということです。ここで難しいのは、日本がいずれかの国に対して南沙諸島の帰属について何らかのコミットメントをすると(例えば、フィリピン領だと断言すると)、千島列島、南樺太、台湾の帰属問題に波及するかも、という論理があることです。

 読んでみて、こういう条約マフィア的な考え方に現実味があると思うかどうかは各位の判断です。ただ、こういう論理を知った上で、日本政府のコメントを聞いてみると色々と感ずるところがあるでしょう。