フランス政府が、ウクライナ情勢にかんがみて、強襲揚陸艦ミストラルのロシアへの引渡しの延期を表明しました。強く反対していたイギリス、バルト三国、アメリカ等はこれを評価するコメントを出しています。


 さすがに現下の状況において、引渡しは困難と判断したのでしょう。ただ、正確には「引き渡すための条件が揃っていない」、「11月まで引渡しの中止」ということでして、11月になって様相が異になっていれば引き渡すこともありうるということです。


 実際、建造を止めるわけではありませんし(そもそも1隻目のヴラディ・ヴァストークはほぼ出来上がっている)、既にサン・ナゼール港で400名規模で研修を行っているロシア兵の研修を止めるわけでもなさそうです。


 本当に全部止めてしまうということになると、契約価格12億ユーロの内既に支払われた3/4である9億ユーロの返還のみならず、違約金(10億ユーロ規模とのこと)の負担も生じます。これまでサン・ナゼール港で雇用してきた1000人規模の雇用も今後は危うくなるということになります。その分は、フランスの貿易保険であるCOFACEが保証していくことになるでしょうが、とてつもない金額なので、巨額の公費負担が生じるのは言うまでもありません。


 報道を読んでいると、フランスは今回の契約停止が他の武器輸入国に与えるイメージをかなり懸念しています。フランスの武器産業はあまり芳しくないですからね。こういうポリティカル・リスクがあるということになれば、お得意さんが離れていく可能性があるのは言うまでもありません。それでなくても、フランスは中東、アフリカあたりの「ちょっとヤバそうな国」をお得意さんとしていますので。


 なお、現時点で、中国への売却についてはル・ドリアン防衛相は「現在、欧州には対中武器禁輸が存在している。我々はそれを完全に尊重している。解除は議題に上がっていない。」と言っていますので、新たな売り先としての中国という選択肢はなさそうです。


 実はこの件、日本外交にも難しい課題を突き付けていると思います。今、日本の対露制裁というのは、北方領土交渉への影響を懸念して「ほぼ空振り」でして大したものがありません。その中、厳密には制裁対象ではないミストラル売却に対して強い懸念を小野寺大臣(当時)は表明しました。フランス側から「そんなこと言うなら、おまえももっと制裁措置を強めろ。」と言われたらどうするつもりだったのかな、と不思議に思っていました。


 本件、日本にも無関係ではないのです。 「ミストラルが太平洋に配備されるケース」や上記の「対露制裁のついての日本の姿勢との整合性」みたいなことが問われます。


 さて、フランスはどう動いてくるでしょうか。「11月までに恒久的な停戦が実現しろ」と思っていることは間違いありません。ただ、それがダメでもタダでは起き上がらないでしょう。現時点では「現実的ではない」と言っていますが、究極の選択として、誰かに売りつけようとするような気がします。