タンザニアのザンジバル島という島を知っていますか。アフリカ中部のタンザニアという国の一部で、インド洋に浮かんでいます。


日本ではあまり知られていませんが、あえてザンジバル島について著名な点を上げると、ミュージカル「We will rock you」とか、「Born to love you」とか、「Bohemian Rhapsody」で有名なクイーンのフレディー・マーキュリーの出生地ということがあります。また、アフリカの島にもかかわらず、昔アラビア人が征服したことがあるため、ザンジバルの街にはアラブの雰囲気が漂っています。石の街はユネスコ世界遺産にもなっています。


1997年にザンジバル島を訪れたことがあります。役所の同期を遙々セネガルから訪ねていったものです。「同じアフリカだしな」と思っていったのですが、これが大きな間違い。セネガルから東京に行くのよりも時間がかかってしまいました(笑)。


ザンジバル島は異国情緒が溢れていました。ただ、あまり産業がないのと、雨季と乾季がはっきりしているので、乾期の間は自ずとメシがショボくなるようでした。町中で見たジャガイモ、トマトはとてもちっちゃかったです。私の同期は、ザンジバル標準の普通の家に住んでいたのですが、トイレがむちゃむちゃ詰まってしまったため、管を通すために文字通り「クソまみれ」になってトイレ開通をやったとか言っていました。外務官僚の在外研修というと、優雅なイメージをする人もいますが(実際、そういう人もいますが)、こと彼に関しては実地研修を実践していました。


まあ、それはともかくとして、ザンジバル島で柔道を行う機会がありました。同島には柔道三段の日本人の方が定住しており、その方が街の若い青年達を集めて柔道を教えていました。タンザニアの中でも特に貧しいザンジバル島では柔道着を調達するのすらままならないことから、ボランティアで日本から古い柔道着を送ってもらい、島で柔道に関心を有する青年達の利用に供していたようです。普通の県立高校に行けば、授業で使った柔道着が山のようにあるので、そういうのを送ってもらっていたようです。


ただ、さすがに畳マットは調達できず、また、屋根のついた大きな家屋というのも容易には見つからないことから、屋外でマットのようなものを敷いて柔道をやっていました。人生で初めての「屋外柔道」になりました。

ザンジバル島は赤道直下の地で年中日差しが強いので、屋外で柔道をやるためには夕刻を待たなくてはなりません。夕刻になると多くの若者がめいめいに古柔道着を持って集合してきます。古柔道着である上に、あまり真水が豊富でない地域なので洗濯をしていないことから、一部の人の柔道着は相当汚れています(おまけに臭います)。


ただ、それまでの指導の成果もあり、皆、非常に礼儀正しく清々しいものを感じました。アフリカには一般的に「年長者や指導者を敬う」という文化が強いことから、欧米と比較して、柔道の基本である「礼」を受け入れる素地があるのだろうと思います。

道場(と呼ぶほどの設備はありませんでしたが)では一番強い人が黒帯(初段)を取れるくらいレベルでしたので、当時はまだまだ柔道としても発展途上だったと思います。しかしながら、いざ、柔道を始めてみると力が強くて辟易しました。私も比較的力の強いほうなのですが、私の腕よりも二周りくらい大きな腕でつかまれると、さすがに「おっとっと...」となってしまいます。ただ、ドタドタ歩きながら柔道をしていたので、ちょっと足を出すだけでひっくり返ったりしていました。当時はまだ私のほうが圧倒していましたが、これから彼らに柔道の基礎ができてくると恐ろしいことになるなあと思ったものです。

屋外で柔道をやった経験は先にも後にもこれだけですが、可能な範囲で多くの人が柔道という日本の武道にいそしむ姿を見るのは嬉しいものです。聞いてみたところ、参加している多くの青年は月収4000円程度で日々の生活も汲々としたものです。しかし、彼らはとても楽しそうでした。アフリカにいる時いつも思っていたのですが、「実はこの人達はそれなりに幸福なのではないか?」と感じます。勿論、平均年齢は低いし、乳幼児死亡率も高いです。衛生面でもかなり悪いです。だから、先進国に住む者のエゴなのかもしれません。ただ、アフリカでは、満面の笑顔をたたえている人によく出会います。貧困と飢餓の大陸アフリカなんて思っていると大きな間違いですね。

その後、風の便りで聞いたところでは、ザンジバル島の青年たちは更に研鑽を重ね、実際に段位を取るとともにタンザニアの国内大会でも活躍しているとのこと。単なる腕力柔道から巧みに技を駆使してやる柔道を身に着けているのだろうと思い出したりします。今でも時折、ザンジバル島で楽しそうに柔道をする青年たちの姿と、柔道が終わった後に飲んだジンジャー・ジュースの味がノスタルジアとして時々脳裏に甦ってきます。