私は、ミニマリストって言ってたり言われている人たちに、めちゃくちゃ憧れている。
毎日同じ黒のトップスにジーパンだったというスティーブ・ジョブズにも、めちゃくちゃ憧れている。
本当のお気に入りというものだけで身の回りを固めたい。
服を選ぶという時間を無くしたい!
と思っている。
しかし、買ってしまう。
服も靴もカバンも。
「あ♡かわいー」と思うと、ミニマリストやスティーブ・ジョブズへの憧れという思いが瞬殺的に掻き消されて、購入にいたってしまう。
おかげで、クローゼットは常にパンパン、満員御礼状態。
パイプハンガーは真ん中がたゆんで、もう限界でーす!といつも悲鳴をあげている。
捨てないと新しいものは入ってこないという。
その通りだと思う。
寝ている間に、日々考えてモヤモヤしている思考を捨てていると私は感じるので、睡眠は本当に大事だと思っている。
それと同じなのか?クローゼットの中身は?
私は、最近、それとこれとは話が違うと考え始めている。
毎朝、思う。
「どうにかして捨てる服や靴やバッグはないものか?」と。
しかし、どうがんばってもないのである。
「これはこういうシーンで着るでしょーこれはこの服の時に履くでしょー」と、いくらでも着るシーン履くシーン持つシーンが出てくる。
なので、捨てられない。
どうにかして、断捨離をする方法はないものか。
日々、常に考え続けると、解決の糸口は見つかるものである。
「そうか、別のことで断捨離すれば良いんだ!」
服や靴やバッグ以外にも溢れかえっているものがあった。
そう、写真のデータや受信ボックスのメールである。
昔と違って、写真を残すこと、文章で人に伝えることが、ITの普及により、めちゃくちゃ簡単で気軽になった。
もう、ネガを現像したり、手紙を出したり、チラシで広告を打つことが、日常に戻ることは決してない。
現像や手紙は特別な行為になった。
チラシは高齢者向けの商品にしか適用されなくなった。
ITの普及により、いらない「データ」が膨大に膨れ上がった。
毎日、通勤時間や空いた時間に写真を見返して、同じような写真や、なんでこれ撮ったんだ?というものを削除するという行為を日常の中に組み込んだ。
メールは、アクションを起こす必要のないメールは、アーカイブ。メルマガで不要なものは常に削除(+もうここからのメールはいらんと思うものは配信停止)するようにしている。
断捨離って「いらないものを捨てる」ことであって
「無理に好きなものを捨てる」ことではない
というところに行き着いた。
日々写真やメールを削除・アーカイブすることで、毎日断捨離できてるじゃん!すごい、私!
と、捉えている。
しかし、「クローゼット余裕ありまくりスカスカ状態」に、いつかなるのではないかと憧れを捨てることができない私もまだいるのであった。
▼常に満員御礼な私のパンパンクローゼット