日々の、一瞬一瞬の選択で、人生は形成されている。

 

 

この世に生まれるって決まった時から、何億万通りの選択肢を持って、命として誕生してて。

 

どの選択肢をとっても、使命が付きまとうわけで。

 

 

 

他人になんの影響も与えない人なんていないわけで。

 

誰かしらに、何かしら、絶対に何か影響を与えながら生きてるわけで。

 

 

 

自分の人生だから、自分の使命を果たすために生きるだけなんだけど、自分がした選択1つで、世界ってグネッと変わっているはずで。


自分の欲を満たすものためじゃなくて、自分の使命を満たすためって判断をすると、自ずと良き判断ができるんじゃないかって。

 

 

最近そんなことを、よく感じる。

 

 

繋がりとか影響とか、若い頃って意識できてなかったけど、全部は繋がってて、全ては影響し合っている。

 

 

そう考えると、自分勝手な判断をして、ミスったーって結果が減る。

 

これ、経験上の話しだから、本当よ。



何のためにこの世に産まれて、今を生きているか、
考えずに生きるより、考えて生きた方が断然良い。


絶対みんな、なんかあるのよ。
 

手に入れたい、欲しい、という感情は、本能なのか?

それとも、後天的に身に付いた感情なのか?

 

 

手に入れたい、欲しい、という感情は、しんどい。

 

 

手に入った時に出るドーパミンは依存に繋がるし

手に入らなかった時は悲しかったり悔しかったり後悔したりする。

 

 

だから、こう考えれば良いんだと思う。

 

 

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全てのモノはみんなのもの。

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自分のもの、他人のもの、っていう境界線なんてない。

 

 

 

じゃあ、人が持っているものを盗ってもいいのかっていうとそれはダメで。

 

なんでダメかていうと、人はこの2つだけは守らないといけないわけで。

 

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1:人様に迷惑をかけない
(=人の生きる力を邪魔しない奪わない)

2:お天道さまがいつもみている
(=自分との約束を守れる人になる)

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たくさんのモノや価格の高いモノを「所有」することが正解とされてきた、一昔前。今は、リースとかサブスクが当たり前って、良き方に流れていると感じる。

 

 

世の中は、良き方向に、進んでいる。

 

 

 


全部借り物で、所有なんて存在しない。

 

この自分の肉体も心も、借り物で、みんなのもので、だから大事に使わないといけない。

 

人の肉体も心も傷つけちゃいけないのは、そんな理由もあるんだと思う。

 

 

 

借りものは大事に使おう。

 

とりあえず、死に物狂いで人に会うと決めたは良いものの、仕事の忙しさとか私用とか、なんだかんだ言い訳つけて、結果は下記の通り。
 
 
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今月の達成
【新規】4名
▼内訳
●お茶1回&食事2回:1名(W氏:超大手企業部長)※2024年11月〜
●お茶1回:2名(名前記憶なし、公務員と医者)
●まだ会えてないけどLINEやりとり中:1名(Y氏:IT系経営者)※2024年11月〜
 
【既存】1名
▼内訳
●食事からのsex:1名(H氏:飲食系経営者)※2024年6月〜
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こうやって書くと達成感あるなぁ。
けど達成「感」があるだけで、満足に足る結果じゃない気が…。ぴえん
 
 
 
月に会う人数の目標設定して、実際に達成したかどうか測るか。
 
仕事かよ。
 
いや、仕事よりシビアだわ。
 
 
 
 
けど、こうやって書くだけでもモヤモヤ晴れた。
アウトプットの不思議。
 
言い訳した割に、がんばったじゃん、私。
 
 
 
 
とりあえず、W氏・Y氏・H氏との動向を追っていこうではないか。
 
 
 
 
12月は師走で多忙なので、目標は11月と同じぐらいの人数で行けたら良しとするのだ。
 
がんばれ、わたし!
 

人生でやることは、たったひとり1つ。



人から喜ばれることをやること。

 

 


ただそれだけ。

 



そこをブラさずに生きていこう。

 


なにかを選択するとき、迷ったときは、それって「人から喜ばれる?」って自問自答しよう。





判断基準はたくさん存在してる。


損しないか?楽しいか?しんどくないか?誇れるか?
っていう自分基準じゃなくて。




自分がそれをすることで喜んでくれる人がいるか?




そう考えて判断して行動したほうが、素敵じゃない。

 

先日、データの断捨離という話を書いた。

 

 

データの断捨離の中でも、特に大事だと思っていて、絶対に欠かさないことを今回書こうと思う。

 

 

それは、「受信ボックスのメールをアーカイブすること」である。

 

 

仕事のメールは、本業と副業用の2つある。

プライベートのメールは、たくさんあるがメインで使っているものとサブのものの2つが基本使っているメールである。

 

計4つのメールアカウント、すべての受信ボックスを空にすることを常に意識している。

 

 

アーカイブのいいところは

「データ自体は消えないけど、自分の見えないところに移動してくれる」ところである。

 

 

見えないものは、基本的に無きものになる。

 

 

これによって、やらなくてはいけないことが明確になる。

 

 

必要なものとゴミが、同じ箱に混ざっていると、必要なものが見つけづらい。

 

 

 

 

ドイツ人のことわざで、「整理整頓は、人生の半分である」というものがあるらしい。

 

その通りだと思う。

 

 

整理整頓できていれば、大体のことは幸せになる。

 

 

メールボックスも、写真データも、キッチンの棚の中も、そして思考も。

 

 

身の回りのことが整理整頓されていないと、思考もぐちゃっとする。

それによって、ロジカルな思考にモヤがかかって、感情的になることが増えて、不幸になる。

 

 

全ては通じているのだ。

 

 

 

なので、受信ボックスのメールをアーカイブすることは、無駄な行為でもなんでもなくて、とても重要なことなのだ。

 

私は、ミニマリストって言ってたり言われている人たちに、めちゃくちゃ憧れている。

 

毎日同じ黒のトップスにジーパンだったというスティーブ・ジョブズにも、めちゃくちゃ憧れている。

 

 

本当のお気に入りというものだけで身の回りを固めたい。

服を選ぶという時間を無くしたい!

 

と思っている。

 

 

しかし、買ってしまう。

 

服も靴もカバンも。

 

 

「あ♡かわいー」と思うと、ミニマリストやスティーブ・ジョブズへの憧れという思いが瞬殺的に掻き消されて、購入にいたってしまう。

 

 

おかげで、クローゼットは常にパンパン、満員御礼状態。

パイプハンガーは真ん中がたゆんで、もう限界でーす!といつも悲鳴をあげている。

 

 

捨てないと新しいものは入ってこないという。

 

その通りだと思う。

 

 

寝ている間に、日々考えてモヤモヤしている思考を捨てていると私は感じるので、睡眠は本当に大事だと思っている。

 

 

 

それと同じなのか?クローゼットの中身は?

 

 

 

私は、最近、それとこれとは話が違うと考え始めている。

 

 

毎朝、思う。

「どうにかして捨てる服や靴やバッグはないものか?」と。

 

 

しかし、どうがんばってもないのである。

 

「これはこういうシーンで着るでしょーこれはこの服の時に履くでしょー」と、いくらでも着るシーン履くシーン持つシーンが出てくる。

 

 

なので、捨てられない。

 

 

どうにかして、断捨離をする方法はないものか。

日々、常に考え続けると、解決の糸口は見つかるものである。

 

 

 

「そうか、別のことで断捨離すれば良いんだ!」

 

 

 

服や靴やバッグ以外にも溢れかえっているものがあった。

 

 

 

そう、写真のデータや受信ボックスのメールである。

 

 

昔と違って、写真を残すこと、文章で人に伝えることが、ITの普及により、めちゃくちゃ簡単で気軽になった。

 

 

もう、ネガを現像したり、手紙を出したり、チラシで広告を打つことが、日常に戻ることは決してない。

現像や手紙は特別な行為になった。

チラシは高齢者向けの商品にしか適用されなくなった。

 

 

ITの普及により、いらない「データ」が膨大に膨れ上がった。

 

 

 

毎日、通勤時間や空いた時間に写真を見返して、同じような写真や、なんでこれ撮ったんだ?というものを削除するという行為を日常の中に組み込んだ。

 

 

メールは、アクションを起こす必要のないメールは、アーカイブ。メルマガで不要なものは常に削除(+もうここからのメールはいらんと思うものは配信停止)するようにしている。

 

 

 

断捨離って「いらないものを捨てる」ことであって

「無理に好きなものを捨てる」ことではない

というところに行き着いた。

 

 

 

日々写真やメールを削除・アーカイブすることで、毎日断捨離できてるじゃん!すごい、私!


と、捉えている。

 

 

 

 

しかし、「クローゼット余裕ありまくりスカスカ状態」に、いつかなるのではないかと憧れを捨てることができない私もまだいるのであった。

 

 

▼常に満員御礼な私のパンパンクローゼット

 

経験が増えるってことは
 
自分ごとにできることが増えるってことで。
 
考える力がつくってことで。
 
判断する力が増すってことで。
 
人にやさしくできることが増えるってことで。
 
 
 
そもそも前提として、乗り越えられない試練は受け取らないように、産まれてくる前から全員プログラミングされてるわけで。
 
 
 
だから、無駄な経験なんて絶対何一つないってこと。
 
 
乗り越えられないって感じるような、すんごい辛いことも、絶対乗り越えられる日がくるってこと。
 
 
そういうふうに、人生って出来てるってこと。
 
 
だから、今日も明日も明後日も
 
前向いて生きよう。
 

「あの時ああしていれば」とか思うことって、生きてりゃ誰でも1回ぐらいある。

そういう「過去の自分の判断に対しての後悔」って

その後悔のタイミングから今までの「してきた経験」とか「出会ってきた人たち」とかを、否定してることになるんじゃないか

 

って、ふと今日通勤中の電車の窓から流れる景色を見ていた時に思った。

ああしとけば良かったってことを、もしその時選んでいたら、今自分がしてきた経験は経験できなかったわけ。

出会ってきた人とも出会えてないわけで。

「あの時ああしてれば」って全く思わないことは難しいかもしれないけど、ふと思っちゃったときに、その「後悔のタイミングから今までの自分の経験とか出会ってくれた人とか思い出す」と、あぁこんなこと考えてても仕方ないな、今に感謝して前向くしかないなって思える。

今が、1番幸せって思える判断ができてるはず。

神様は乗り越えられない試練は与えないらしいから、今のこの現実が1番ベストってこと。

そう思っていきた方が素敵じゃない。

 

妊活といっても、相手もいないんじゃ、さて、どうしたもんか。

 

 

いやはや、相手もいないとはいっても、声かけりゃsexする相手はいくらでもいる。(←盛ってる。いくらでもは言い過ぎ。)

 

そして、その中でも、今の一番の推しというのも、もちろんいる。

 

 

しかし、その人は、夜の相性は無性にいいのだけど、付き合いたいとは思えない相手なのだ。

 

 

共感してくれる女子は意外と多いと信じている。

 

 

お付き合い→結婚→妊娠。

これが王道のスタイルだとはわかっている。

 

 

しかし

 

妊娠→お付き合い→結婚。

でも良くないか?

 

いや、良くないか…。

リスクが高すぎる…。

 

 

 

さて、どうしたものか。

 

 

 

悩んでいた矢先、Audibleで面白い本を見つけた。

 

 

 

 

水野 敬也先生が書く恋愛マニュアル本だ。
水野 敬也先生のことは、夢を叶えるゾウで知っていた。

 

 

 

へー。恋愛マニュアルみたいな本も書く人なんだ。

 

 

 

恋愛マニュアル本的なものは私は人生の中で読んだことがなく、興味も全くなかった。

読まなくても、男女交際には不自由したことがなかったからだ。(←ウザい上に盛ってる)

 

 

 

夢を叶えるゾウのシリーズは好きすぎて、本も買ったしAudibleでも全て聴いた。

 

水野 敬也先生の書く恋愛マニュアルなら面白いかも?と思い、レビューを見たら、なんとまぁ面白そうなこと。

 

 

聞き始めた初日で一気に聴破した。

めっっっっっっちゃくちゃ面白かった。

 

 

水野 敬也先生、素敵な本を描いていただきありがとうございます。

 

 

 

 

そこに書かれていた「仮氏」というワードにピンと来た。

 

これだ。

とりあえず、仮氏を作ることが今の私には必要なのだ。

 

※仮氏のことが知りたい方は、上記の本を読んでください。

 

 

 

 

ということでマッチングアプリ3つインストールした。


とりあえず、死に物狂いで色んな人と会ってみよう。

 

34歳すぎたぐらいから、無性に子どもが欲しいと思い始めた。

離婚を決意した時だった。



子ども欲しいなら、そのまま結婚生活続けて、旦那の子作ればよかったやん。



そうなのである。
現在の、日本の、一般常識的には、そうなのである。



しかし、私はそれに乗れなかった。
乗らなかった。



私が、まぁいっかと思えば、そこで妊娠まで漕ぎ着けていたかもしれない。


 

 


当時、旦那は離婚したくないの一点張りだった。



しかし、出来なかった。
好きという感情をどう頑張っても復活させることが出来なかった。
そんな男に抱かれることは私には出来なかった。



この人との子どもは作れない。

 

そう確信した。








結果、私のゴリ押しで離婚した。



大好きな人とsexをしたら子どもができたという
ただ、それを、それだけを、私は求めている。



2020年2月末に離婚をしたので、かれこれもう4年8ヶ月経つ。

 

 

もうすぐ5年か…。

 

 

時の流れほど容赦ないものはない。