久しぶりに京都出張に行ってきました。
時間が余ったので、少し観光をしてきました。
紅葉は終わったけど、街には相変わらず観光客が多いです。
本能寺に行ってきました。本能寺といえば、信長の横死。日本史上でも稀有の執念の持ち主ですから、その怨念たるやすごいものであろうと行ってきました。
京都市役所でバスで降りて、南口の出口から御池通りに入るとすぐ脇に本能寺があります。
あまりにも突然商店街に現れるので驚きました。
入ってみると宝物殿があります。といっても宝はほとんどなし。
焼けてしまったのだから当然です。
しかも現在は本能寺の変とは違う場所にあるらしいです。乱の当時は現在地より500メートルばかり離れたところにあったようです。本能寺は合計で7回も焼けた不遇の寺院らしいです。
ちなみに本能寺の「能」は難しい字を書きます。右側は「ヒ」と「去」を縦につなげたようになっています。
よく燃えた経緯から「ヒ」が「去る」ようにだそうです。
非常にのどかなお寺でした。信長の怨念めいたものは微塵もありません。
もともと生にあまり執着のなかった(と勝手に思っている)信長のことですから、怨念もきれいに燃えてしまったんでしょうね。
唯一、信長三男の信孝によって建立された供養塔に少し感慨深いものがありました。
信孝自身も数年後には秀吉に切腹させられますので、「この人も怨念を残したであろうな」と。
また、信長の供養塔の横には、本能寺の変で亡くなった家臣の供養塔が犠牲者名一覧とともにありました。
これが一番、怨念を感じましたね。
デジカメ忘れたので写真ありません。すみません。