今日はある講演会に行ってきました。
「ジェンダー」に関するお話です。
少し堅めの話になりますニコニコ

その研究に於いては、日本ではかなり有名な方ではないかと思います。

ジェンダー
なんとなく分かっていても学問的な観点から学んだ事はありませんでした。

私より年上の方々も多く参加されていましたが、「役割」「こうあるべきもの」に縛られて来た年代の方々には、胸の支えが取れるような話もあったかと思います。

女性が自由に発言できる事は、まだ容易ではないんですよね。

女子学生さんの質問で、学生のうちは男女対等の立場に居られるけど、社会に出たらジェンダーという価値観の中に入らざるを得ないのではないかと言うような、発言がありました。

まさにその通りなんですよね。
新しい価値観を持って居ても、絶対的多数や、管理者が古い価値観を持っている組織では、そこに組み込まれてしまう可能性は少なくないと思います。

学生は新しい価値観を学んでいるのに、組織の価値観が昔のまま。現実とのギャップに学生さんもガッカリするでしょう。かといって持論を展開すれば、浮いてしまったり、居心地が悪くなってしまう危険性もあります。

折角新しい価値観が作られても、それではジェンダーからの解放は、なかなか進みません。

しかし、ジェンダーを学んだ若者が世の中に沢山出てくること、これには世の中が変わっていくのではないかという一縷の望み、希望を感じられて嬉しくあります。

その新しい価値観の芽を摘まない、踏み潰さない様にしていくことが、私が出来ることなんだと改めて思いました。

私も女はこうあるべき、男はこうあるべきという価値観の中で育ちました。

実に窮屈でしたし、会社の飲み会では、おじさん達から女性と楽しんだ的な話を聞かされ、セクハラ的な行為にもあいました。
お酌も強要されましたがそういう時代と言っては乱暴ですが、そうすべきなんだと思ってしまっていた所があります。

ちなみに今はお酌はしません(笑)
セクハラ発言には突っ込みを入れます(笑)
この年齢だから出来るようになったし、世間の風潮の後押しもあるからだと思います。

講義で印象的だったのが、項を入れ替えても意味がない。

これは女性が男性化することに似てるかもしれません。そうなっても、女性の解放にはならないという事です。

同感です。
されて嫌だったことはしない。
誰でも嫌なことだから。

上野さんは、小うるさい、変な人になりなさいと最後に言っていました。

あ、私も夫に、嫁さんとは呼ばないでと言っていたり、夫の事を主人とは言いません。
すでに小うるさいかも(笑)

小さな事から少しずつ
誰もが居心地のいい社会になるように虹