私はおじいちゃんが大好きでした❤️
おじいちゃんの家に泊まりに行っていつもずっとおじいちゃんの行く所について行き、おじいちゃんがすることを一緒に真似して楽しんでいました。
お風呂屋さんに行くのが好きなおじいちゃんについて小学校2年生くらいまで、いつも一緒に男風呂に入ったり、お酒が好きなおじいちゃんは帰り道に自販機でビールを立ち飲みする横で、私はつぶつぶオレンジを一気飲み♪
ゲートボールにもついて行き私はブランコに乗りながら見守っていたり…。
いつもおじいちゃんは仏壇に般若心経を唱えていました。
私もその横でいつも一緒に唱える真似をしていたら、いつのまにか全部覚えてしまっていた。


男前でカッコよくて面白くてめちゃくちゃ元気でお金をいっぱい使う大好きなおじいちゃんが私が小学3年生の時にガンで入院した。

もう手の施しようがなく危篤状態になった時、おじいちゃんの孫の子ども達は家で留守番をしてみんなでトランプをしていた。
すると飾ってあった額縁がいきなり音を立てて傾いた!
そして数分後に亡くなったって電話があった。
大好きで大好きでめちゃくちゃ元気でパワフルなおじいちゃんが亡くなってしまって、でもなんだか信じられない、実感がない私がいて悲しかったけど…私以上におばあちゃんが悲しみのどん底にいた。
斎場で燃やす直前に倒れ込んでしまったおばあちゃん。
おじいちゃんの事が大好きだったんだなって…。

それからは、おばあちゃんと一緒におじいちゃんの話をしたり、おじいちゃんに教わった般若心経をおじいちゃんに唱えたり…。
おばあちゃんは、「会いたくて会いたくて仕方がないのに夢にも出てきてくれない」と言って嘆いていた。

初盆の時にはおじいちゃんが帰ってきてるカモしれないと仏壇の写真を撮っておじいちゃんが写っていないかじっくり写真を眺めたりしていた。
でも姿はなく夢にも出てこなかったらしい。

私の悲しみは、おばあちゃんを慰める事で一緒におじいちゃんの話を共有することで癒されていたのか実感がなかったのか、おばあちゃん程悲しくなかった。

一年後くらいに私の夢におじいちゃんがでてきた!
ハーレーに乗って革ジャンを着てカッコよく登場しておじいちゃんは笑ってくれた!

『あっ楽しくやってるんだな』って子どもながらに安心しておばあちゃんに話したら、

「そうか!おじいちゃん大きなバイクに乗りたいって言ってたもんな」って教えてくれて喜んでくれた♪

私はその夢を見てからなんだか大きな安心感を覚えておじいちゃんの死を受け入れられた気がする。


おじいちゃんに会いたくて会いたくて仕方がなかったおばあちゃんは、おじいちゃんが亡くなって27年後に天国に逝った。

私はおばあちゃんが亡くなった時、
「やっとおじいちゃんに会えたね」と声をかけた。

おばあちゃんの死の悲しみよりおじいちゃんにやっと会えたおばあちゃんの喜びが私は、嬉しかった。

天国で会えるって大人になった私は信じこんでいた。