子供達 黒い靴下あったかな?と葬儀の時の服装を考えている時、

「◯◯はこれでいいか。」

「お兄はパパのはかせて」

「あれ?お姉ちゃんのないなぁ。」

・・・あ、そうだ、お姉ちゃんいないんだ。お姉ちゃんの葬儀だった・・・。


とてつもない絶望感に襲われた事を覚えています。


お姉ちゃんがいた日常から、いなくなってしまった現実へ、そう簡単に心はは切り替わる事はできず、何か考えては「あ、お姉ちゃんいないんだ。」と絶望する。この繰り返しでした。



今は少し違って、いなくなってしまった今は、思い出と共に、生きていくしかありません。

頑張っている姿
楽しそうにしている姿
悲しそうな表情
優しい眼差し
朗らかな性格

あの時はこうだったなー。とか、
これが好きだったなー。とか。


彼女の姿を思い出し、一瞬、本当に一瞬、なんとも言えない、幸せな気持ちになれます。でもその後は必ず涙がポロポロ溢れてくるのです。

最後にはこうなるからです。


もういないんだ・・・
って。



私の中の彼女は、いつも笑顔です。

そんな姿ばかりを残して、逝ってしまいました。





素直で、優しくて、ピュアな心で人を見る事ができる、天使のような子でした。




ママが天国に行くまで待っていてね。
必ず見つけるよ!




















私が死んだら天国で娘に会えるのかな?

ふとそんな事を考えたりします。



そう考えると、死ぬことは怖くありません。

かといって、娘に会うために今すぐどうこうと言うわけではありませんが、もし、命に関わる大きな病気をしても、どっちに転んでもいいといいますか、お姉ちゃん待ってるから・・・って生きる事に執着しないのかな。と漠然と考えます。
ただ、今はまだ死ねません。
一番下が大人になるまで、まだまだ一生懸命頑張ります。


いつも朗らかにニコニコしていたお姉ちゃんが、天国で見守ってくれていると信じて、これからも頑張ります。







お姉ちゃんを亡くした一番下の妹。
まだ、小学校低学年の妹は、お姉ちゃんがいなくなって、家の中での遊び相手がいなくなってしまいました。
今はだいぶ落ち着きましたが、亡くなってからの数週間は感情の起伏が激しく、普通に話していたかと思うと、突然泣き出したり、よくお喋りしたりと、とても気持ちが不安定な様子でした。

妹には申し訳ないのですが、その時は私も主人も悲しみのどん底にいて、妹のその気持ちに寄り添う余裕がありませんでした。

死を受け入れる事はやはり難しく
「どうして?」
「なんで?」
「なんでママのそばにいないの?」
「なんで先に死んでしまったの?」
「なんで?なんで?どうして?・・・」

朝起きたら、夢だったらいいのに。。。そんな事を毎日毎日願いました。

毎日お姉ちゃんがいないという現実をどうにか乗り越えてきたような気がします。それでも毎日、後悔の気持ち、今でも大好きだという気持ち、そして、ママとパパの子に生まれてきてくれてありがとうという気持ちをお姉ちゃんに伝えます。

ごめんね。も、ありがとう。も、大好き。も、
生きている間に伝えるべき言葉ですよね。



話が少しタイトルとずれてしまいましたが、私が今、多少たりとも元気でいられるのは、やはり、家族の存在が1番です。

悲しみを共有し、娘を亡くしたという立場が同じ主人は勿論ですが、一番は、末娘の存在だったと思います。
娘の死と向き合い、滅入ってしまう気持ちを、元に戻してくれたのは、元気いっぱい、天真爛漫な末娘。

きっと娘も寂しいはず。
いつも側にいたお姉ちゃんが突然いなくなってしまったのだから。

それでも、私が泣いていると、

「ママ、泣いてばっかりいると、お姉ちゃん天国いけないよ!!」

と、結構きつめに言われます。


そんな娘が、お姉ちゃんが亡くなって、
バタバタと過ぎていったなか、私にくれた手紙です。


何度読み返しても涙が溢れてしまいます。

私が末娘の気持ちに寄り添えなかった、そんな時、私の事を思って書いてくれた手紙。
きっと、みんながお姉ちゃんお姉ちゃんで寂しい思いをさせてしまっていたんだと反省しました。

いつも、携帯ケースに入ってます。
ママの宝物!

誤字脱字はご愛嬌m(_ _)m