娘が亡くなってすぐは、妹が、

「今お姉ちゃん見えた!」

となんとも嬉しい事が幾度とありました。


ここ最近、それが全くなくなってしまいました。


ただ、妹に、お姉ちゃんいる?と聞くと、

気配はいつも感じるけど、それがお姉ちゃんなのかはわからない。

とのこと。

前ははっきり

あっ!あそこにお姉ちゃん座ってた!

(車に乗っていると)
お姉ちゃんの髪の毛が風でなびいてた!

ママの後ろにお姉ちゃんいたよ!


とか、確実にお姉ちゃんが見えていたようなんですが、今は“気配”なんです。
時々、見える時があるようなんですが、お姉ちゃんではないようで、正確にはお姉ちゃんかもしれないし、違うかもしれない、はっきりとはわからない影のようなものが見えるようです。

私は、妹のそんな力をありがたく、また嬉しく思っていたので、ここ最近お姉ちゃんに会えない事がとても寂しいです。
妹を介して、存在を確認できていたのに、今はそれすら無くなってしまって。。。


妹はその力をありがたいと思ってはいないようで、お姉ちゃんだけ見えるのではなく、お姉ちゃん以外も感じてしまう事がイヤみたいです。(当たり前ですよね)


玄関に行くのを異様に嫌がったり、トイレに行く時、リビングからトイレに行く廊下のドアを開けると、一回立ち止まり、様子を伺ってから恐る恐る行く。たまに行かずに戻ってくる事も。用を足したらダッシュで戻ってくる。
突然私に背中をくっつけてきたり、寄り添ってきたり。

いちいち口には出しませんが、きっと何かを感じているのだと思います。


かわいそうだなと思う事もあるのですが、その力が無くならないでほしいと願ってしまうのが正直な気持ちです。



もしも、あの世  この世   があり、肉体があるか無いかの違いで、魂は永遠だったとして(私は昔から信じているタイプです)、あの世の方を見る事ができる人って本当に一握りじゃないですか。そんな力持ってるって凄くないですか?
羨ましい位です。
亡くなった人を感じることができない人にとって、死は永遠の別れを意味すると思うんです。でも、妹のお陰で、私は少しは救われている部分があるのは事実です。
ありがとうって感謝、いや、崇めたい位の気持ちと言った方が正しいでしょうか。妹には感謝です。



私がどんなに願っても、夢にすらでてきてくれません。



お姉ちゃんが亡くなって、程無くして、お姉ちゃんが妹の夢に出てきて、
「私は死んでしまったけど、みんなは楽しいこといっぱいして、長生きしてね」
と妹に伝えたと聞いて、家族で泣きました。


人の幸せが自分の幸せと感じるお姉ちゃんらしいなと、私は思いました。


お姉ちゃん

私はなにも感じる事はできないけど、

ママのそばにいるのかな?


それとも


ママもう大丈夫だね。

って完全に天国に行ってしまったのかな?



お姉ちゃんは寂しくないですか?


ママはそれだけが心配です。


天国でもニコニコしていてくれてるとママは嬉しいよ。




















娘と過ごした日々を忘れたくありません。忘れてしまったり、薄れてしまったりするんじゃないかと思うだけで恐怖すら感じます。

写真や動画を見ては悲しい気持ちになるのですが、それでも、娘を抱きしめた時の感触や、靴を履いている姿、名前を呼んだ時に見せるはにかんだ笑顔、悩んでる顔、一生懸命な姿、髪の毛を結ってあげる時のあの感触。。。優しい声。。。忘れたくなくて思い出して、涙が溢れてきます。

まだきちんと覚えてられた。って安心するのに、悲しい涙が溢れてくるんです。


心が忙しくって、なんだかよくわからなくなる事があります。



写真を見るときは、「よし!見るぞ!」って決意が必要です。

こんな状態ですから、どこからともなくヒラッと出てきた写真には心の準備が出来ていないので、それはそれはキツイものがあります。

決して見たくない訳ではないんです。


まだまだ心が忙しい日々が続きそうです。



今日は亡くなった娘について少し自慢させて下さい。


娘には障害がありました。

軽度の知的障害です。


産まれてすぐに細菌性の髄膜炎にかかり、生死の境をさ迷い、2ヶ月間NICU(新生児集中治療室)に入院しました。


小さな体に沢山の管や線が付けられ、とても痛々しい姿でしたが、頑張ってくれていました。



検査のため、毎日腰から髄液採取。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、
髄液採取は大人でも悲鳴をあげるほど、痛みを伴う検査です。
体を押さえつけての採取の為、親は外に出されます。尋常しゃない泣き声が聞こえてくるんです。「終わりましたよー」の看護師さんの声で中に入ると、ものすごい汗だくな娘。
泣き疲れてぐったり。。。
とてもかわいそうで、代われるものなら代わってあげたかったです。


細菌性の髄膜炎はウイルス性とは違い、後遺症が残る確率がとても高く、先生からは、歩けない可能性もありますと説明を受けました。



1才位までは、発達の遅れはそこまで感じずに成長してくれました。

平均より多少遅れはありましたがお座りやつかまり立ち、無理かもしれないと言われていたあんよもできるようになり、

もしかして、後遺症無く成長してくれてるのかなぁ?

なんて思わせてくれるほどでした。



しかし



月日が経つにつれ、??あれ??と思うことが増えていき、

うちの子まだしゃべらないなぁ。。。
なんか・・・何かが違うなぁ。。。

でも、個人差があるって言うから、まだわからないよね!
と、後遺症が残る確率が高いと心の準備はできていたつもりでしたが、娘の行動は、幼さに溶け込んで、まだ確信に繋がるものではなかったんだと思います。何より、人間って、自分の都合のいい様に考えてしまうんですよね。一筋の、本当に細い一筋の希望の方へ逃げてしまっていたのだと思います。





すみません。
ここまで書いて、当時の事を思い出して辛くなってきてしまいました。
娘の自慢はまた気持ちが落ち着いた頃に書かせて頂きます。



子供は親を選んで生まれてくると言いますが、
私の子供として生まれてきて、娘は幸せだったのかなぁ。
私はとても幸せだったけど、娘は違ったんじゃないかと。


答え合わせをしたくても、娘はもういないので、どうだったのか聞く事はできません。




もう一度ぎゅーっと抱きしめたい。




会いたいよ。