金魚のブログ  -33ページ目

 金魚のブログ 

今までの生きてきて、感じていた事や、日々の暮らしにおいて、新たに、感じた事や思った事を徒然成るままに、正直に、書き記したいです。


 数年振りに、娘に、京都で、会う事が出来ました。携帯の充電器を自宅に、忘れてきたので、娘と連絡取れないと困るので、大きな駅前には、必ず、ヨドバシカメラが有るので、最初、関空から、電車で、大阪駅で、1度降りては大阪駅のヨドバシカメラで携帯の充電器を買おうとしましたが、再度、京都駅で、検索したら、京都駅近くにも、ヨドバシカメラが、有ることが、分かったので、京都駅に着いてから、早速、スーツケースを持ったまま、ヨドバシカメラに、直行しました。

地下にて、携帯の充電器コードが、買えました。これで、安心です。これで、タクシーに乗って、今日の予約したホテルに向かいました。


 翌日の午後に、久し振りに会った娘は、すっかり、大人の女性らしく成っていました。

 社会人になって、1人暮らししながら、掃除、洗濯、洗濯干し、食材の買い物、朝.夕食作り等の家事は、其なりに、大変であり、母親の日常生活の大変さが、理解出来たみたいです。

 そして、自分の仕事との両立させるのに、大変さを実感して、私に、こう言いました。

  「 母は、凄いよ。パパと離婚してから、1人で、孤軍奮闘して、私達を育てて……。もし、いつか、結婚して、子供が出来たら、今の暮らしに、未来の夫や子供の御世話も、増える訳だから、考えただけで、頭の中、真っ白になる。それを考えると、やはり、かなりの覚悟がいるし、色々と考えさせられた。ママは、強烈だよ✨私は、真似は、出来ないかも!」

 もう、その様に、私の事を評価した事を聞けただけで、良かったです。娘が、高校生の時には、きっと、理解するのは、まだまだ、無理だったから……。また、大学生になった時には、たまには、アルバイトの経験をしたみたいで、お金を稼ぐのは、本当に、大変なんだなと学んだみたいです。更に、無事に、就職して、社会人になって、仕事の働く大変さや人間関係から、学ぶ様々な同性の先輩の考え方や生き方(結婚観や赤ちゃんを生む時期等)を見たり、聞いたりして……。そして、自分は、どうしたいのか?と考える時間を持てたみたいです。

 やはり、精神的に、しっかりさせるのに、親元から、離れて、自立した自活させると、こんなに、しっかりした思考に、変わるのだと、実感させられました。本当に、良かった。

 (この話は、母が、私の実家として、東京から移り住んだ家が、母の不注意で、火災を起こす前の話ですが…)  私は、三姉妹の末っ子ですが、私の上の姉は、仙台で、学生時代を過ごしました。勿論、自炊生活したので、家事スキルも、上がりました。姉は、料理上手です。しかし、次の姉は、高校の時の成績が悪かったので、親が、入学金さえ、払えば、絶対に、入学出来る自宅通可能な私立短大に、進学しました。ですから、家で母が、全ての家事をしていたので、彼女は、料理スキルは、身に付かないままでした。アイロン掛けさえ、結婚してから、夫が、手取り足取りと、次姉に、教えたのです。彼は、当時、私の母が、かなりの資産を持っているのを目当てで、次姉に、接近したのです。

 金銭感覚も、遣り繰りは、下手で、スーパーで、食品や食材が、一体、いくらで買えるか?全く、知らないで、結婚したのです。二人の姉達は、学生時代は、アルバイト経験は、有りません。ですから、金銭感覚も、少しだけ、ズレていたと思います。長姉は、学生時代の仕送り金額は、私達、バブル時代の仕送り平均額の約5倍の金額を仕送りされていたので、私立医学部生と同じ位のゆとりが有る学生時代だったでしょう。

 彼女は、大学生でも、衣服は、百貨店で、購入してました。私が、仙台の姉のマンションに行くと、とても、品質の良い洋服ばかり、姉が、学生時代に住んでいたマンションのクローゼットには、入っていました。姉の学生時代のマンションは、母が、現金で、一括払いで、購入した物件に、彼女は、住んでいたのです。

 次姉の夫は、姉の金銭感覚を身に付けさせるのに、色々と教えたそうです。

 私の母に、次姉の夫は、次姉の苦情を申した時が、有ったのです。「お母さん、一体、どの様に、私の妻を育てたのですか?」と。母は、苦笑しながら、「貴方は、私達が、反対したのに、"私の娘を下さい!"と家に来たわね? 今更、言われても……それに、貴方は、私の娘と交際始めた時に、まだ、前妻と離婚成立してなかったわね!(これは、母が、興信所で、彼を、調査して貰い、その事が、発覚したのです。勿論、母は、それに、憤りましたが、既に、姉は、彼を愛していたので、母の忠告も、聞き入れないから、母は、諦めを感じていたのです。) でも、それは、ちょっと、私を責める前に、貴方の私生活の方が、大問題でしょう!」と彼を責め立てました。 まぁ、次姉の条件が良かったから、彼は、私の姉を欲しがったのです。次姉も、彼が、独身者の振りしている事に、気が付かず、接近されたのです。世間知らずの愚かさです。

 しかも、前妻を棄てる理由は、「前妻との間に、子供が、出来なかったから。」と言う理由でした。

 全く、身勝手な冷酷な人だと私も、感じました。私達は、この結婚を大反対したのに、結果は、"卑怯なデキ婚"して、私達の反対を押しきったのです。姉妹の中で、一番恥ずかしい結婚をしたのです。取り柄は、彼の勤務先は、安定している市役所勤務と言う事だけでした。そして、長姉の場合は、とても良い条件の良い見合いの話を彼女は、断ったのです。理由は、「私が、好きに成れない男性とは、嫌だ。」です。そして、ある日、「一緒に成りたい!」と私に、引き合わせた男性が、今の長姉の現在の夫です。当時、IT 大企業に勤めて居て、次男なのは、合格なのですが、学歴が、良くなかったのです。それで、私は、反対を表明しました。母に、報告して、母は、やはり、特に、学歴に、不満を表しました。母の願いで、私は、姉の自宅に、泊まり込んで、姉が、彼を諦める説得を一晩掛けて、話しました。

でも、長姉は、俄然と頑固になって、一切、私の意見を聞きません。もう、ロミオとジュリエット状態の意識。反対されると、意固地になる!

もう、お手上げと私は、翌日、母に電話して、事の顛末を話しました。長姉は、以前、東北大学の教授の1人息子と学生時代に交際していて、母から、大反対されて、親子関係が、悪化したのです。母の言い分「何で、長女を1人ッ子に嫁がせるの❗あげないわ。」と揉めたのです。それに、その1人ッ子は、学歴にも、反対される学歴だったからです。そこで、これ以上、長姉と、揉めたくないから、私を説得役で、姉の家に派遣してのです。30才位に成っていた長姉が、嫁ぎ遅れると、不味いと判断した母は、結局、この結婚を仕方なく、許可したけど、やはり、二人の結婚式には、母の意向で、母も私も、欠席しています。それは、母が、「貴方は、次男ならば、我が家の姓に、変えて欲しい。そうしたならば、住宅ローンで、困らない家の資金提供若しくは、家を買いましょう。」と提案したのに、彼の答えは、「嫌です!」母の申し出を、突っぱねたのです。母は、憤り、私に、二人の結婚式には、欠席するわと決定したのです!

こんなですから、私の母が、たとえ、実の娘であっても、母の言い分を、聞きながら、その意向を組まないと、相続の件で、母の意向通りになるのです。それを、勘違いされても、困ります。

せめて、実家が、火災になる前に、我が家にあの小説の「細雪」の様なレベルの婿さんが、姉達の婿に来てくれたならば、この様に何十年も、執拗に、私に、嫌がらせをしてこなかったてしょうね!

 姉達が、自分の婿さんを妥協した為に、巻き起こったと思います。その件で、私に、災いのように、執拗に、降り掛かかり、続けたのです。


 それでも、次姉が、その彼で、いいなら、もう、仕方ないと、母と私は、彼女の結婚に反対するのを、半分、諦めました。お腹に新しい命が宿ってしまったからです。それ故、母と私は、母の指示で、次姉の結婚式には、反対の意味を、表明するために、二人して、次姉の結婚式には、欠席しました。その事は、彼の勤務先でも、有名な話になっていると思います。妻側の親族の欠席ですから。でも、結婚してから、彼女の家事スキルが、全く、駄目と、分かって、大変な結婚生活のスタートになったのです。更に、彼女の金銭感覚が、一般的ではなかったので、かなり、揉めたのです。自宅通だった故に、彼女は、収入を全て、洋服や靴、バック、コスメに、消費していたからです。彼女の貯金は、0です。

 "やはり、自宅通の娘は、何かと、問題がある(家事が出来ない!)かもしれない。"これは、巷で、密やかに、言われたジンクス。長姉と私は、学生時代と社会人になってからも、自活していたので、家事スキルは、当然、大丈夫です。姉も私も、料理は、上手です。金銭感覚も、きちんとしてます。

 その件が、有ったので、私も、娘は、自活させようと思っていました。自分で、働いて、炊事して、そして、1人になる時間に、自分自身と、向き合い、これからの人生を考える時間が、必要だと思うからです。

 社会人になれば、もう、一応、一人前です。自分で、いつ、結婚したいのか? どんな人と、結婚したいのか? いつ、子供を産みたいのか? そして、何人の子供を育てたいのか? 

 どの様なライフスタイルで、家庭を築きたいのか? 御相手に求める条件は? 等、色々とです。 

 勿論、相手を愛する事が、出来る人であって欲しい。  でも、結婚するにも、万が一、しないにも、自分自身と、向き合い、これからを良く考えて、進んで欲しいと思うからです。

 成るべくならば、結婚は、1度で済んで、その人と、ずっと、共白髪で居て欲しいからです。

 勿論、同じ事を私は、息子にも、そうあって欲しいと感じています。 何処か、1つでも、御相手を尊敬出来る点が有って、心から、信頼できて、愛する気持ちを御互いに持てる方であれば、私は、良いなと希望しておりますが、こればかりは、子供達の判断に任せまるしか有りません。

 結婚するのは、子供達なのですから……。

  色々と親心で、つい、心配してしまいますが、成人式が終わっても、キチンと、自分自身で生活して、自分で、自分のこれからの生活や人生設計考える事が出来ないならば、本当の意味での大人になったとは、言えません。

 

 其々が、1人になる時間に、自分自身と向き合い、これからの人生設計考える時間が必要だと思うからです。


 コロナ禍で、会えなかった娘でしたが、4年間で、こんなに、心身共に、一歩一歩ですが、成長している事に、母として、心から、嬉しく感じた今回の娘との旅でした。顔立ちも、成人式の時よりも、幼顔が、しっかりした大人の女性らしい顔立ちになってきてました。


 少しだけ、寂しい😢けれど、子離れしないと、ただの鬱陶しい親になるだけです。私も、自分自身で、これからも、確実に、自分の人生のライフステージが、変わった!と実感した旅でした。

 1つの達成感です。お疲れさま😌💓


 次は、焦らず、マイペースモードで、歩いて行くつもりです。

 京都の町並み、寺社仏閣巡りして、京都料理を堪能出来たのは、ずっと、会えなかった娘の送れた誕生日祝と私の母親業のお疲れ様😌💓

 人生の一区切りに成りました。子育て卒業式😊💕


 私は、君達の母で、良かったです。

 ありがとう❤️