私の両親は とある新興宗教の熱心気味な信者


物心付いた時から 有無を言わさずその活動に参加させられていた


私がまだ幼い頃は 活動に反対していた父も


何時の間にか熱心な信者になっていた




私は幼い頃から冷静な目で周囲を観察し


自分がどう動けばいいか考えられる


賢く大人びた子供だった




両親やその他の信者の熱心な活動を いつも冷ややかな目で見ていた


幼いながらに 「アホとちゃうか? 完全に洗脳されてるな」 なんて思っていた



今思えば 両親からの教育・しつけというものも


全て信仰を交えたものだった



「お祈りしたら○○○が出来るようになるよ」


「真剣に祈ったら合格出来るから」



両親の考えで 言葉で


何ひとつ教えてもらってないような気がする




そんな両親を嫌ったり 憎んだりはしていないけど


「親」と感じたことは一度もない


「親」じゃないから 甘えた記憶もない



私は幼い頃から精神的に自立した子供で


成績も良く 大人びた 本当に手のかからない子供だった



 「親に面倒みて貰っている間は・・・」 と


私は嫌々ながらも 文句も言わず


親に言われるがまま その馬鹿げた宗教活動に参加はしていた



何でも 「信仰」 が中心となって回っていたその家を 


私はとにかく早く出たかった


1日でも早く自立し ひとりになりたかった


そしてナ-スになり 今に至る





そんな私が結婚しいろいろゴタゴタがあって


コウジと出合った



コウジは当時自営業で羽振りの良かった父親が浮気を繰り返し


その度に怒った母親は子供を置いて家出するような家庭環境にあった


時々は父親の愛人にご飯を作って食べさせてもらった事もあったらしい



そんなコウジの父親も若くして病死し


父親の残した遺産も 男に狂った母親が


使い果たしてしまったそうだ


コウジも1日でも早く自立したいと思いながら


幼少期を過ごしてきた人間だった




そんなふたりが出会い 心を通わせた


それはふたりが初めて感じる 


「居心地の良い場所」 だった。。。




















自立してからの私は 宗教活動は一切していませんが


結婚後も その機関紙だけは購読していた



先日 何となくその機関紙に目を通してみた


相変らず いや もっと低レベルな内容に変わっていた事に


無性に腹立たしくなった



気が付くと 私は実家へ電話していた


「もう全部止めたいんやけど もううんざりやわ


親子の縁を切るっていうならそれでもいいから


ほんまに嫌やねん


ずっと嫌やってん」





急にそんな電話をした私に驚いた両親は


「夫婦喧嘩でもしたんだろうか・・・?」 と考えたらしく


夫に電話したそうだ





帰宅した夫に 私は泣きながら


幼い頃からの思いをすべて吐き出した


すると夫はこう言った




「俺も宗教なんて信じてないよ 


自分の人生は自分で切り拓いて行くものって思ってるからな


でも世の中には 何かに縋ったり 何かを信じてないと


生きていけない人達もおるからな


新聞を取ってる事に俺が何も言わへんのは


それで親孝行出来るならって思ってるからやで



まりんには俺がついてるから


まりんの事が好きやから守ってあげるから大丈夫や」









あなたありがとね


ココロがずい分軽くなったよ