私はそのまま教室へ駆け込んだ。

しゃがみこんだ私の頭上から、かん高い声が聞こえる。




『どうしたの?体育さぼってどこに行ってたの?』





『あー沙百合…今は何も聞かないで…

 ダッシュしたから頭がまわらない…』





『体育さぼってダッシュしてたんだ…

 なんかあったんだぁ~』





いつも天然の割りにこういう事だけは妙に勘がいい。







『授業が始まるぞ!』


担任が教科書を振り回しながら入って来た。

教え子がこんなにダメージを追ってるのに

担任がそんなんじゃ、ダメだろ↓






そのまま、4限目に突入。はぁ~もう帰りたい。

日本史の授業を受けながら、

さっき起きたことを思い出していた。





まったく、日本はどうしてこうも変わったのだろう。

男は女を守り子を守り、威厳やプライドがあった。





今の…男は…からかってバカにしてただ女を見下している。




大奥に逆戻り?


戦争で国を守ろうとした日本男子、

無念の死を遂げた人に謝ってもらいたい。




つまらない日本史の授業は屋上で

起きたことを思い出させて私を一層憂鬱にさせた。





放課後。
沙百合が相変わらずのテンションて絡んでくる。






『今日の夜、真菜出れる?

 合コン欠員出ちゃったみたいで

 2人欲しいみたいなんだけど』




『…なんか頭いたいし、ダメかも…

 泉が暇ってぼやいてたから誘ってみたら?』





うなだれる私の額に手をおいた沙百合は

驚いた顔で何回も手を降っては額に手をおいた。





『真菜!あちぃ!』



『は?』



『熱あるんじゃない?』




マジっすか?
そう言えば、さっきから息苦しいような…寒いような。





『合コンパス…

 今日は何かに取り付かれたみたい。寝る…』





とても今日は合コンに行く気分じゃない。




『じゃあ。泉誘うよ!

 今日は寝なね!つーか送ってこうか?』






レベルの高い合コンなのか

沙百合はいつもにもましてテンションが高い。




『大丈夫…迎えにきてもらうよ。』




『真菜、足になる男いるんだぁ。いいなぁ』




まだ高校に入って3ヶ月…。

私の本当を知る人は少ない。

外見で判断してる奴がもう一人いたか…。





『お母さんだから。』



『まぁいいや。今日凹んでた理由も明日話しなよ』



彼女はウキウキと携帯をいじりだした。





『私もう帰るね。みんなによろしく!またあったら誘って。』





彼氏はとくに欲しくはなかった。

楽しくすごせる時間の為に私はよく合コンに行っていた。



(合コン=遊んでるってイメージって事なのかなぁ…)



ぼーとしている頭で考えた。







次の朝。

『まだ熱あるね。今日は休みだね。』

熱冷まシートをペラっとめくりながらお母さんが言った。


黙ってうなずく私にあれこれと指示する。



『汗かいてるからパジャマ着替えて、冷蔵庫にポカリ入ってるから

 飲みなよ。あと…お昼はお鍋にシチューがあるから自分で食べてね

 。あとご飯も炊いてあるしそれから今日宅配便がお昼に来るから頼むね。

  あと…


『うん。わかったから仕事行きなよ。』





母の話はいつも長い、もう子供じゃないんだから大丈夫なのに。





『最後まで話を聞きなさい。お母さん今日は帰るの

 7時ぐらいになるかも知れないから宅配便以外はでなくていいからね。

 薬は昨日病院に行ってもらってあるから3食飲みなさいよ。』




『大丈夫だから。遅刻するよ。』




『本当だあ!真菜が心配かけるから遅刻しちゃうじゃん!

 鍵閉めてくからご飯食べなさいよ。』


バタバタとスリッパをならして仕事に出掛けた。


うちは年の離れた兄と母の3人暮らし。

父は私が小学生の頃に交通事故でなくなった。

兄は出張が多く一年のほとんど海外にいる。




(やっと静かになった…)





お腹も空かず、また寝ることにした。



ピンポーン…ピンポーン…




あれ?もうお昼?

そう言えば宅配便が昼に届くんだっけ…

重たい体を引きずって玄関までいく。

宅配便だと思いこんでいた私は

ハンコを持ち確認もしないで鍵を開けた。






『はーい…』



あれ?誰もいない…


パジャマ姿の私は少しだけドアを開けた。



『あの…』


『はい。どちら様ですか?』



『ナナちゃん?』




?誰?


次の瞬間ハっとした…ナナちゃんって呼ぶ奴は…綾瀬?



ドアをゆっくりと開ける。
ドアの影に無表情の綾瀬が立っていた。




私、パジャマ…寝癖…ノーメイク…↓

しかも汗でぐちゃぐちゃの状態…↓




『どうして…なんで?きゃぁ!

 ちょっと待ってて…ごめん!ちょっと待ってて!』




まず何をしたらいいのか、なんであいつが私の家に?

…とりあえず顔を洗おう!服に着替えなきゃ!

わたわた支度をしばらくして、もう居ないかな?

と思いつつ恐る恐るドアを開けた。




『いきなりごめん』





居たかぁ↓
意味がわからない。





『なんでうち知ってんの?何しにきたの?』




まるでストーカーでも追い払うかのように言った。






『話ししたかったし、返したいものもあったから、来た。』



話したくない…バタバタしたせいでまた頭痛がする。



『なに?話ししたくない。私熱あって…。』



『洗濯したから』





綾瀬はぶっきらぼうにビニール袋を渡す。




『なに?』


『体操服』



あーそうだあの日、屋上に起きっぱなしだった…

私は無いことすら気づいてなかった。


『わざわざありがとう。』

ストーカー扱いしちゃった…気まずい…。





『あの時は俺が悪かったし…』



綾瀬のいつもと違う態度に少し罪悪感を感じた…。

そう言えばあの日も必死に謝ってくれたしなぁ…



『私も言いすぎたよ。ごめんなさい。』


『おまえは俺と話ししたくない?』




ストレートな質問に
ドキッとした…
いつも綾瀬は思った事をそのまま言ってくる。





『…話したくないのは頭が痛いせいで…

 今日は調子わるくて…

 だから誰かと話しをするのが辛い…って感じかな…』




綾瀬があまりに真っ直ぐ見てくるから逆に気を使ってしまう。




『じゃあ治ったら連絡してアドレス…』




そう言ってポケットから携帯を出した。




『あれ?携帯どこだっけ?』





私は携帯がどこにあるのかわからない…。

カザカザと探す。



『だからか…』


綾瀬がポツリと言った。



『え?どういうこと?』



『おまえの友達が連絡つかないって…』


『あっ!そう言えばなんでうち知ってんの?』



体操服返しに来てくれたのはわかるけど、

同じクラスの子とかに頼んでくれても良かったのに。

…もしや…本当にストーカー?





『おまえんちクラス行ったらやけにテンション高い

 コユキだかって子が「調子悪くて休んでるから届けて様子見て来て!」

 って地図まで書いてよこすからさぁ。』


『小百合でしょ?』




一文字もあってない(笑)


『あーサユリかも…朝からメールしてんのに

連絡取れないって心配してたよ。』





ん…それにしてもなんで綾瀬に?




『綾瀬、沙百合になんか言った?』



綾瀬は目をキョロキョロさせながら記憶をたどっている。






『体操服を借りたから返すって言ったかなぁ…』



『沙百合はなんて?』


嫌な予感がした。



『真菜の体操服小さくて入らなくない?って…』




そりゃ…突っ込む所だね。納得…沙百合…正解…。




『それで?』




『一緒に寝ようって言ったんだけど、

寝ないって言うから俺が枕にして寝たって言った。』






うん…確かに…間違ってはいないな…。




いや…でも…まてよ…。
言葉が足りなすぎるぅ↓




『それで沙百合が綾瀬に頼んだんだ…』




『それがなんだよ。』




『ううん。こっちの事、気にしないで。』





沙百合は疑っているはず…

明日は質問攻めだな…。





『熱何度あんの?』

突然目が塞がれた。




!!!





** 3 **

次の瞬間

肩を後ろに倒された。




?!




いや…押し倒された?



綾瀬の肩越しに水色の綺麗な空が見える…。

白い雲が流れている。



『なに?…どうしたの?』



余裕ぶっていた私は慌てまくる。




いつもの綾瀬の目と違う…。




『やめよ…怒るよ。』



『………』




無視しないでよ…。

どうしよう…。こいつマジ?





綾瀬は私の手をギュッと握った。

痛くもなく優しくもない力の加減に

私は逆に抵抗できないでいた。





『嘘なんでしょ?…やめて…綾瀬。』



どうしたらいいか、わからない…。




ジタバタと動かしていた足の間に

綾瀬の足が入る。




同時に自由を奪われたような

恐怖で力が入らない…。




私は近づいて来る綾瀬を見れずに

目をつぶって顔を横に向けた。







『いや…。』




綾瀬は私の頭をすくうように持ち上げる。




『やめて‥綾瀬‥やだ‥』



顔に触れると耳から首に伝うようにキスをした。





恐い‥いやだ‥




綾瀬の息が首や髪にかかる…。

唇がたどった後に感触が残る…




『綾瀬やめて…』




私は綾瀬の腕をぎゅっと掴む。




それからすぐに綾瀬の腕から

フッと力が抜けるのがわかった。




顔にかかった髪をかきあげ、私をジッと見る。






『ほらね。大丈夫じゃないじゃん。』







そう言うと綾瀬は私の隣にゴロンと寝転がった。




何?

頭が混乱して何も考えられない…。




隣を見ると綾瀬は気持ち良さげに目をとじる。



からかわれた…?慌てる私を見て面白がっていただけ?

呆然としている私に綾瀬は笑いかける。




不思議と頭に血が上る前から

体の震えが止まらない。







『ふざけないでよ!

あんたには慣れたことかもしれないけど……

私に触らないで…キスなんてしないで……』




顔がどんどん赤くなるのがわかった。

唇が震えて言葉が出てこない…。

悔しさで涙が止められなかった。





綾瀬は驚いた表情でゆっくりと起きあがる。



『ナナちゃん…ごめん…




『ナナちゃんとかおまえなんて呼ばないでよ!』





人前で泣くなんて…。


私は人前で泣くのが嫌いだ。

女=泣くって思われるのが嫌で

今まで絶対に泣かないって決めてきたのに…。

こんな奴の前で泣くなんて…。




私は綾瀬をしばらく睨むと

屋上のドアに向かって歩きだした。




最悪!最悪!死ね!死ね!



1人になりたい…
襲われて、からかわれてバカにされて…。


情けなさと恥ずかしさで涙が溢れる。



『ナナちゃん…ごめん。

泣かないで…本当に悪かった。』





いつのまにか後ろから

走ってきたのか綾瀬が私の前に立っていた。



『ナナちゃんなんて呼ばないでよ!

もう綾瀬の顔見たくない。』


『ナナちゃんってそういう子なんだ…

俺…もっと遊んでるイメージがあって…

ごめん。本当に謝るから話しよ。』



どんなイメージだよ!
怒りが収まらない…。




私は謝る綾瀬の横を通りすぎ

屋上から階段をかけ降りる。



首にキスされた…

手を触られた…

気持ち悪い…。




皮を剥がして皮膚を移植したい…。



あーー最悪!





** 3 **






あーいいにおいがする‥‥
実習のクラスがあるのかなぁ‥




雲ひとつない快晴の空。
気持ちいい風。

冬というほど寒くない、春というほど暖かくない
私の一番好きな季節。




一人体育をさぼっている怠け者の私。
大の字で寝るのは本当に気持ちがいい‥‥。




屋上は誰も居なくていい所だ‥。
本当は入ってはいけない所なので、
全然人が来ない。

私は一人になりたいとよくここに来ていた。



………

鳥の声が聞こえる‥
あったかいなぁ‥
おなかすいたなぁ‥

‥‥‥





『 カチャッ ギィィー 』

普段めったに開かれることのない屋上のドアは古い錆びた音がする。



  ヤバッ 誰かきた! 




私は慌てて飛び起きた。



『おまえかよ‥』




あくびをしながら現れたのは、隣のクラスの男の子‥

うーん‥えっと‥委員会が一緒の‥じゃない‥‥
部活が一緒の‥‥‥荒瀬だっけ?‥違う綾瀬だ。


って言うか、名前も思い出せないような関係で、
いきなり「おまえ」?




びっくりした後、あっけにとられた私の顔を見て
綾瀬はニヤッと笑う。



『なにビビってんの?』


『そりゃビビるしょ?どうしたの?』



『俺さぼり。おまえは?』


『わたしも。さぼり。』





私は一人の空間を邪魔された感じがして
不機嫌そうに言った。



『俺、邪魔?』


  ヤバイ‥バレタ‥



『邪魔じゃないけど何しにきたの?』



綾瀬はあくびをしながら
どっこいしょ といった感じで私の隣へ座る。


もしかして‥昼寝?
私と同じ目的?



『寝にきた。』


そう言って綾瀬は仰向けにゴロンと寝転がった。




‥やっぱり




ガッカリした私は体育座りのまま
空に向かってため息をつく。



『ナナちゃんも昼寝?さっき寝てたし。』


 ナナ?私は真菜ですけども‥
 誰と間違ってんだ?


『ナナちゃんって誰?』



まるで、彼氏が前の彼女の名前で間違えて
呼んでしまって、怒っている彼女のような
くだりになってしまった。




ウトウトしていた綾瀬は眩しそうに
少し目を開けてこっちを見る。



『だって七瀬真菜だろ?ナナでもいいじゃん。』



なんでフルネームしってんだ?
私教えたっけ?



私は人の名前を覚えるのが苦手‥
これ以上突っ込んでは、
逆に自分がふりになりそうな気がしてやめた。



『初めてナナって呼ばれたよ。』


ちょっと照れくさい‥。



『それより寝れば?眠いんでしょ?』


そういう綾瀬は私の隣でがっつり寝ている。



『私、マジ寝しちゃいそうだからやめとく。』


『すれば?マジ寝。』




さらーっと言うなぁ‥

男の子が隣で寝ててマジ寝はきびしい。
私、絶対いびきかくし‥よだれ出るし‥


‥?



っていうか‥そもそも‥
なんでこいつは隣で寝てんの?


先客がいたら遠慮して他行ったり、
離れた場所とかいくだろー 普通‥。



私がなんで遠慮してんだろ‥。
あーあ 眠気もすっかりなくなってしまった。


今更寝るために違う場所に移動するのも
めんどくさいし‥


隣に寝られて、離れた場所に移動するのも
気まずいしなぁ‥



『やっぱりやめとく。』


『大丈夫だよ。襲ったりしねーから。』




綾瀬の目をやるといつのまにか横向きになって、
私の体操服を枕に寝ていた。


  
  それは私の枕だぁー





『襲ってみれば?そんな勇気ないでしょ?』



綾瀬が図々しく私の枕(体操服)を使っていたので
頭にきて、ふんっと横を向いて馬鹿にしたように
鼻で笑った。




『俺が襲う気あったらどうすんの?』



『襲う気ないしょ?私強いから
      襲われても大丈夫だし。』



『本当かな‥



そう言って綾瀬は起き上がり私の肩に手をまわした。


え?



驚く私に彼はクスッと笑う。



どういう反応が正解?
襲われている訳じゃないし、今動揺するのは
なんとなくかっこ悪い‥




『大丈夫なんだろ?』

余裕の綾瀬‥



『何するの?』

いっぱいいっぱいの私‥




『いいの?』

そう言うと驚いたように私の顔を覗き込む。



『なにが?』


肩に手をまわされてるだけだし、
このくらい友達同士でもやるしね。

今慌てたら、綾瀬に負けるような気がした。




『ふーん』

少し間が空いて
肩に置かれていただけの手に
力が入ってくるのがわかった。




え?




** 2 **