何年も前に
ピアノのマスタークラスを聴講したときに
すごく心に残っている
言葉があるんです。
それは
ショパンコンクールでも審査員を
つとめられたピアニストの先生が
(いよいよ4年ぶりの
ショパンコンクール本大会開幕![]()
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(本当は5年に1回だけど、前回はコロナで
1年延期になったので) )
あるショパンの曲のレッスンのときに
こんなことを
言われたんです。
曲の最後の音が終わり
休符の部分で
「ここは
まるで良い本を読み終わったときのような
余韻を感じて」
(正確な言葉じゃないかもしれないけど
そういう内容)
紫陽花の余韻(笑) (もう10月なのに)
その曲は
激しいクライマックスから
一転して 最後に
曲の冒頭のような
静かな始まりが戻ってきたような部分で
でも最初は長調で奏でられた
冒頭の第1主題が
曲の最後では
短調で奏でられて
何か言いたいことがあるけれど
それを口に出さずに胸に置いたまま
空気の震えを見つめるような
(私はそう感じる)休符のあと
静かに終わるのですが・・・
自分でこの曲を練習しているときに
毎回最後の音で
このときのマスタークラスの先生の言葉を
思い出すんです。
そして
思い出すのは
曲を練習している時以外でも
もう1つあって・・・
ピアノを弾いているときではなく
本当に
実際に本を読んでいるときで(笑)
すごく好きな良い本を
物語に入りこんで
読み終わったときなんです。
幸せな結末でも
悲しく感じる結末でも
自分は物語の登場人物じゃないのに
登場人物の気持ちが
自分のもののように感じられて切なくて
(自分のものじゃなく俯瞰してみて
感じているときでもやっぱり切なく感じる)
そんな時間を過ごしたあとに
物語をすべて読み終わって
悲しい気持ちなのに
不思議な充足感とか
満足感のようなものがあって
それを
言葉であらわすなら
「良い本を読み終わったときの」
余韻の中にいるのを
味わっている時間なんです。
その余韻の中にいるときは
まだ物語の世界を感じていられるので
ほかのものを(自分の中に)入れたくないから
本当はしなきゃいけないこととか
周りにない状況にずっといたいくらいで・・・
読んでいる時間ももちろんだけど
読み終わったあとも
幸せな時間で
(だから 初めて読む本で最初に読み始めて
ものすごく良い本だ!って感じたときは
読み終わりたくないのに
あまりにもひきこまれるから
その希望に反して どんどん読み進めてしまって
ああ もう読み終わってしまう・・・ってなる)
それは良い音楽を聴いたときや
自分自身が練習や本番で弾いたときも
毎回そう感じます。
ホールで聴くコンサートなどで
素晴らしい音楽のあとに
最後のアンコールの曲が奏でられて
とても美しくて
叙情的な曲のあとに
終わったすぐあとに拍手が
鳴るのではなくて
(大団円のようなコンチェルトの3楽章の
クライマックスのあととかは
興奮した聴衆が間髪入れずに割れんばかりの
拍手が沸き起こるのは大好きだけど。笑
↑もちろん私も手が痛くなるくらいの拍手をおくる)
曲が終わるのを惜しむような
ほんの少しの間のあとに
拍手をしている時間も
この余韻を
その場所で聴いている聴衆みんなで
共有しているような時間も
すごく好きなんです。
自分自身もピアノを弾くとき
聴いてくれている人に
一瞬でもいいから
こういう時間を
感じてもらえるように弾きたいなと
いつも思います![]()
☆岡部早香のmy Pick♪
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今日も明日もあなたにとって
喜びと幸せ溢れる時になりますように
Sayaka







