母の話


今日は母の日花束


実家の母と義母へお花を贈りました。

母と義母はツーカーということもあって、両親、義父母、祖父母、義祖父母への贈り物は基本的に同じものを贈っています。


お花はいつもお世話になっているillonyにお願いしました。





私の母は事あるごとに


「あなた達が小さい頃、私が家庭に専念せずに保育園に入れちゃったから」

という後悔を口に出します真顔


情操教育的に子どもは3歳までは母親の元で育つのが良い
という、いわゆる3歳児神話に、もう30年ほど囚われ続けているのです・・・・・・


脳科学的には3歳までに脳の8割が出来上がる、と言われているので、確かに産まれてから3年間というのはとても大切な期間なのでしょう。


でも、大人になって人と接していて

あの人は保育園に預けられていたんだろうな

なんて簡単に分からないということは、母親が仕事に専念しようが家庭に専念しようが大人になったら関係ないことだ、と言うのですが

「そんなに冷めちゃってるのも関係あるのかしらアセアセ

と、聞く耳を持たず 笑


働く母の背中を見て良い影響を受けているし、母としても1人の女性としても尊敬している、と感謝を伝えても

「小っちゃい頃から保育園に入れちゃったから、是が非でもしっかりしないといけなかったんだよねぐすん

と、問答無用で自分を責め始めます



めんどくさ〜


母の罪悪感の根源は
  1. 経済的に余裕があったのに自己実現のために働き続けてしまった
  2. 兄妹全員を生後2、3ヶ月で保育園に入れた
というところにあるようです

経済的には働かなくても良い環境だったにも関わらず、自分のキャリアを優先してしまったという後悔や、子ども達の初めての経験を全て見逃したという後悔なんでしょう。


子どもの立場から言わせてもらうと、常に両親の愛情を感じていたのにアセアセ
中々伝わらない・・・・・・


そんな母を見ていて、私はずーっと

『私たちは働き続けた母に感謝と尊敬の気持ちしかないのに、何で何十年も悩んでるんだろ?全く理解できない』

と思っていたのですが、今、少しだけ理解できるようになってきました。



産後即復帰できるように調整していて、ふと

『こんなに自分の都合で子どもを振り回して良いのかな』

と思ってしまい、まだ産まれてもないのに罪悪感が襲ってくるのです。


母性の一種なんですかねぇ・・・・・・


いつか母の罪悪感が消えるように、これからも母に感謝を伝え続けていきたいと思います。


いつまでも元気でいて欲しいな。