今学期とっていた授業の一つに、アートと心理分析、という授業がありました。
こちらはシーグムンド・フロイドが書いた『レオナルドダヴィンチの幼少期の思い出』という本を読み解く授業だったのですが、こちらの本がなかなか面白かったのでこの内容を紹介いたします。もちろんフランス語で辞書を引きながら悪戦苦闘いたしました。
日本語訳もあるみたいなのですが、おそらく絶版になっているかフロイト全集みたいなものに収録されているか、くらいしか日本語で読む手段はなさそうです。
この本は、タイトル通り、フロイトがレオナルドダヴィンチの作品と幼少期の思い出を心理分析、精神分析の観点からつづったものです。
フロイトは、言うまでもなく、ドイツ人の精神科医、研究者で精神分析における第一人者でありますが、芸術にも興味をもっていたみたいです。
ただし、レオナルドダヴィンチについては記録に残っているものもあれば、あいまいな点、謎な点も多く、この本の内容は、ほぼフロイトの仮説であり幻想(ファンタズム)であると本人も前置きに書いておりますし、読む側もそういったことを前提に読むことをすすめられます。
そもそも、なぜフロイトがダヴィンチの分析に興味を持ったかというと、それはダヴィンチが芸術家でもあり科学者でもあった、という点にあります。しかも、あの有名な解剖図の通り、人体に大変興味をもった科学者であり、フロイトも精神科医という立場から、どちらも生物、人間を科学的に研究しようという共通の精神が見受けられます。
まず、フロイトによるダヴィンチのビオグラフィー(生い立ち)の紹介から始まり、実際のダヴィンチの幼児期の出来事が取り上げられ、そしてそこからモナ・リザなどの作品の分分析と進んでいきます。
1.ダヴィンチの生い立ち
ダヴィンチは、婚外子として誕生。貧しい母親の元、4歳まで育てられ、そして4歳からは父親の結婚相手である義理の母のもとに預けられました。ダヴィンチはホモセクシュアルと言われていますが、この幼少期の複雑な家庭事情が彼のホモセクシュアルの要因になったのでは、とフロイトは分析しています(細かい精神分析があるのですが、かなり要約)。そしてこの複雑な家庭事情が、母親への愛を抑制させ、それが彼の科学技術への熱烈な関心につながったのではないか(いわゆる昇華というやつ)という精神分析をフロイトは行っています。
2.ワシの思い出
ダヴィンチが大人になってつづった手記に、小さいころ、ワシの思い出があり、フロイトはそれについて分析しています。
ワシ(鷹?)は、エジプトでは両性具有の神様(ムトというらしい)としてあがめられております。
ワシがダヴィンチのところにやってきて、尻尾を口にあてたとか、、、。謎の変な思い出です。この行為から、ダヴィンチの同性愛が裏付けられます。この思い出が、真実かどうかはさておき、大人になって意識的にダヴィンチがワシについてつづったということは、彼自身、ワシが両性具有のシンボルであることを知っていたのではないか、という仮説を立てております。
3.ダヴィンチの絵は男女同じ顔
ほかの絵画の巨匠の女性の絵と比べると、モナ・リザなどのダヴィンチの絵はあまり色気を感じさせませんよね。例えばフェルメールの首飾りの少女、ルノワールの絵にでてくるふくよかな女性、藤田の書く裸婦など、ほかの絵とくらべるとなんだか少し色気に欠ける気がします。そして、男性も女性も同じ顔、同じほほえみを浮かべています。
そしてこのほほえみ、フロイトによるとダヴィンチの母親のほほえみの再現だそうです。
モナ・リザを描いたきっかけは、母親に似た女性にたまたま合って、それまで抑制されていた母親への愛が再びダヴィンチのなかに浮かび上がってきたということがあったようで、したがって、モナ・リザのほほえみは彼の母親のほほえみなんだとか
4.モナ・リザのほほえみの二つの理由
モナ・リザの絶妙なほほえみには、フロイトによると2つの理由があります。
一つは、母親としての甘美さ、温かさで、一方は子供を失うという悲劇の予告。
ダヴィンチは、母親といた幸せな思い出の一方、別れた喪失感の二つをこのほほえみに込めたのです。だからモナ・リザは、あのミステリアスな表情なのです、、、。
このモナ・リザのほほえみには、ダヴィンチの幼少期の生い立ちと家庭環境など、複雑に彼の心理発達に絡み合い、影響した結果と言えるのです。
私は特段ダヴィンチの絵に興味がなかったのですが、この本を読んで、今度ルーヴルに久しぶりにモナ・リザと聖母子像などを見に行こうと思いました。また違う魅力が発見できるかもしれません。
こぼれ話
ダヴィンチは細かく家計簿をつけていて、父親の葬儀費用から弟子へのプレゼント代までかなり細かくつけていたとか、、、。そんなケチな?倹約家の一面もあったようです。
