【保育器卒業】 | 妊娠&子宮がん 同時進行。45歳で自然妊娠した 女社長の奮闘記

妊娠&子宮がん 同時進行。45歳で自然妊娠した 女社長の奮闘記

45歳で、子宮頸がんと同時に妊娠
産めるかどうかは神のみぞ知る
リアルタイムで綴っていました

2月19日に書いて

アプリに保存していた記事を

 

加筆訂正してアップしています
 
※※※※※
 

退院の翌日から

毎日の病院通いが始まった



病み上がりで

産後で

傷跡も痛いのに
毎日電車とバスを乗り継いで

NICUへ通うなんて無茶ですよ



と、まわりの出産経験者たちは言うけど
そんなこと言われても
りんりんはあたしの母乳を待ってるし
Pには毎日弁当を作ってあげないといけないし
両家の親は遠方住まいで高齢だし




やるしかなかった




三時間ごとに搾乳して
冷凍母乳バッグに移し
日付や名前のシールを貼って冷凍庫へ
搾乳機は即洗って消毒
病院の機械より簡易型なので

コツをつかむのにちょっと時間がかかった
しかも三時間ごととは言え
この一連の流れだけで小一時間かかるので
実際のインターバルは二時間ほど。




退院の日、相変わらず優しい滑舌先生は
まだ重いものを持ったりしてはいけないと

いってくれたけど
約1ヶ月も突然家を空けてしまったので

食材もない
こういうときに限って料理酒なんかが切れる



家から駅までの道のりは7分ぐらいのはず
なのだが、20分かかった
自分が一番ビックリするぐらいノロノロ歩きで笑いが込み上げてきた
足が前にでない
駅には階段もあるし、荷物はあるし
上げ膳据え膳の病院とは雲泥の差だ





そんな過酷な状況ながらも
なんとか一日一日を過ごしていたが
りんりんの方も日々頑張ってくれていた



保育器から脱出したのだ



NICUに行くと
いつもの保育器がなくなっていて
姿が見えない


そうとう不安な顔をしていたのか
看護師さんが笑いながら
こちらですよ~と

コットを指差していた



コットとは透明なベッドのこと
まもなく1900㌘にまで

体重が増えてきたりんりんが
初めて白い産着を着せてもらっていた 

ぶかぶか(笑)

なのに(か、かわいい)と思ってしまう

親ばかだ

 

 

記録用フォトブックより
 
 
 

さらに直母の練習開始!
もちろんまだまだ飲める訳ないのだが
やる気はあるみたいで
チュッチュッの真似事だけはしてくれた




そして

プライマリーさんとの交換ノートには 

 


「体拭きをしてみませんか」とあった


明日で修正34週だ


※※※※※

 

同年代の女性より

体力には少し自信があったのに

このときの情けなさといったら・・・

でも記憶は既にほとんどありません。

辛かったんだと思います。

だから記憶から消したんだと思います。

真冬で凍えながら

ヒーターの前に座って搾乳していました。

 

体もですが、心がしんどかったかなぁチュー

 

15歳からずーっとスポーツクラブに通って

暇さえあれば運動していたような生活が

ガラッと変わってしまって

まだ脚も浮腫んでいたしアセアセ

 

でも今は少しずつ運動していますニコニコ

昼間に ほんの短時間ですが

ジムや岩盤ヨガで汗を流したり

来月からは短い時間でもランニングしようかなと思ったり。

託児場所や見てくれる人がいるから

できることですね。

感謝です。