外来は休み。祝日扱いだった。
手術の経過は驚くほど順調で
出血もほぼなし。
そもそも手術中も
15mlしか出なかったらしい。
大さじ一杯かよ
(すごく出血したらまれに輸血も・・・
なんて聞いてましたから)
総合周産期母子医療センターは
一般病棟とは比べ物になら無い緊迫感で
緊急手術があったり
隣に寝ていた人もぜぇぜぇはぁはぁ
苦しそうで
(なんかあたしココ居るの申し訳ないな)
と感じて一晩を過ごした。
しかも元気すぎてずっとネットしたり
危うくヤフオクに入札しかけたり
仕事のメールを打ったり
待ってました!の晩ご飯が出てきた時には
ちょうど相棒のKとLINEの真っ最中だった。
「明日には一般病棟に移れるらしいから
もう平気だよー」とお知らせすると
「明日行こうと思ってました」とのこと。
「いいよ。忙しいのに」と返すと
「あ、でもほら、引き継ぎ的な」・・・
悪いなと思いつつ翌日来てもらった。
と言うわけで
その創立記念日で閑散とした病院に
電車とバスを乗り継いで
Kが来てくれた。
手土産は高そうなプリン。
前にも書いたが
私たちは二人で
司会者事務所を経営している。
事務仕事やホームページ更新や
お客様との折衝その他も
すべて自分達でやりつつ現場にも立つ。
10月は繁忙期だが
同時に司会者養成スクールの
開講時期とも重なって
Kには一人で
重荷を背負わせてしまっている。
プリンを頬張りながら
二人で小一時間ずーーーっと仕事の話。
メモを取りながら
スマホを見ながら
ここに連絡しといて
ここにはしれっとあたしからメールしとく
そうそう税理士のOちゃんが
退院したら連絡くれだって
楽しかった
あー、あたし仕事人間なんだなぁ
と思った。
やっぱり一日でも早く退院したいな。
仕事に穴を開けるなんて
死んでも嫌だと思っているから
健康オタクになったんだろうな。
ここ数年、発熱も風邪ひいたこともない。
なのにこの有り様
去年10月の子宮頸がん検診で
異常なしだった体に
がんが出来たのはいつだったんだろう?
考えても仕方がないことを思った。
Kの話に戻ろう。
彼女は私より8つ年下。
(学年は9違う)
なので完全に世代が違うのだが
考え方、というか思考回路が似すぎている。
一言で言うならば無駄が嫌い。
世の中で大事なことはリスクヘッジ
と思っている。
出会って10年経ってないが
当時はまだ全くの新人で
可愛いMCのおねぇちゃん
だった。
まさか会社をつくって
二人で経営していくことになるとはねぇ
今となっては絶対に守らなきゃいけない
たくさんの司会者たちが
毎週、仕事をしてくれている
私たち二人の未来にもかかわるし
その家族・子供の生活もある。
だからあたしは絶対に
がんを治して出産するのだ
