クリスさんに言っても、仕方のない話でした。
私は、兵士クラスの最高峰、マスターチーフ(E9)に相談に行くことにしました。
マスターチーフは、どういうわけか見た目が私の伯父に似ていました。
だから私は勝手にずっと、マスターチーフに親しみを感じていました。
マスターチーフまでのぼりつめるには、逸材といわれています。
基本、兵士クラスではE6までのぼりつめて、だいたいそれで定年退職です。
クリスさんのようにE7までのぼりつめるのも本当にすごいことで、親戚中が大喜びです。
マスターチーフになる為には、ただ優秀なだけではなく、人格者でないとなれないそうです。
意外に古風な米軍、E8やE9にのぼりつめるには、離婚は御法度で、きちんと妻子を養っていることも条件です。
クリスさんのようにせっかくE7までのぼりつめても、奥さんが警察沙汰を起こしては、クリスさんの昇格に関わります。
我が家も、妻の私がわずか4ヶ月の間で2度も警察沙汰になった為、昇格が難しい部類になってしまったのでしょう。
私は子供を連れて夫の職場に行き、
入口の受付でマスターチーフを呼んでもらいました。
しばらく待ち、マスターチーフの個室のオフィスに呼ばれました。
以前、何度もお会いしたマスターチーフ。
面識はありました。
しかしマスターチーフの部屋に入った瞬間、
私は
ダメだ、こりゃ。
瞬時に察しました。
マスターチーフは以前の優しい表情とは異なり、
私を警戒していたのです。
マスターチーフのほうから、
「クリスから報告を受けました。
あなたは夫が薬物依存症だと言っていると。
しかし米軍では抜き打ちの薬物検査が定期的にある。
それに彼は一度も引っかかっていない。」
「マスターチーフもお分かりですよね?
薬物検査は違法ドラッグしか検出しない。
夫が乱用しているのは市販薬の咳止めです。」
「しかし薬物検査に引っかからなければ、
我々はそれを信じるしかない。
妻のあなたの意見よりも。」
「…マスターチーフ、
私は聞きたいことがあります。
昨日、クリスさんにも聞きたかったことです。
夫を見て、
わかりませんか?
特に夫はここ半年は、
完全にラリっていて、
どう見てもまともじゃないです。
よく職場で誰からもツッコまれないよな、と、
私は不思議でした。
ずっとずっと、不思議でたまりませんでした。」
するとマスターチーフは、
「あなたは何故、
そんなにあなたの夫に問題が起こることを望んでいるのですか?」
…は?
「”妻の私が夫に問題が起こることを望んでいる”…?
逆ですよ!
夫はこのままだと死んでしまいます!
夫を助けてほしいんです!」
厳しい米軍。
たかだか兵士クラスの妻が
兵士最高峰のE9のマスターチーフに声を荒げるなんて、
前代未聞かもしれません。
おおごとです。
しかし私は必死でした。
しかしダメでした。
私は何度も何度も、
失望を繰り返し、
絶望を感じました。
昨日に引き続き、
今日もその日でした。
「今度こそ、今度こそ、
何とかなる。
きっと何とかなる。」
それを目標にして、何とかやってきた直後にぶち当たる、
失望。
そして絶望。
私は夫が薬物依存症になり、
これを何回、
何十回、
いや何百回も、
繰り返してきました。