私は警察に電話する時、本当に手が震えました。



全てが終わってしまうかもしれない。


日本からこんなに離れたアメリカの東海岸で、

すべてを失ってしまうかもしれない。


3人の子供たちはまだ5歳、3歳、2歳。

小学校にも入っていない。

大人になるまで、まだいっぱい時間がかかる。



でも、

一生懸命、何とかしたかったけど、


どうしようもならない。


911…


「夫がクレジットカードを…。

私のクレジットカードを…。」



ちがう、
こんな話じゃないのに!


警察に電話した後、
めちゃくちゃこわかったです。

どうしよう、
どうしよう、

私は覚悟ができていませんでした。

覚悟ができていないのに、電話をしました。

だからクレジットカードのことしか伝えられず、
911のオペレーターに不審がられました。

今思えば、本来ならオペレーターに「そんなの事件じゃない!」と一喝されそうですが、
警察官が来たということは、
きっと私の電話の様子がおかしく、何かあると思われたのでしょう。


間もなく、またパトカーが私の家の前へ集まってきました。



同時に戻ってきた夫の車。


窓の外を見ると、夫が警察官に事情を聞かれていました。


私はボーっとしながら、それを家の中から見つめていました。


これからどうなるんだろう。


私から電話したのに、

私は外にいる警察官と話さず、

窓の中から、ボーっと見つめていました。



すると警察官が家に入ってきて、私に向かって、


「こっちに来て。

あなたには助けが必要だ。」



外に出ると、警察官はパトカーのドアを開き、

「ここで座って待ってて。」


私はパトカーにひとり乗せられました。




そこから…


おそらく30分位、放置されました。



パトカーから見た光景は、警察官ではない男性が現れて(未だに誰かわからない。警察官や米軍の制服も来ていない。)


家の前は少し騒がしくなりました。



私は夫を見つめました。


夫は明らかに意図的に、私から目線をそらしていました。




ようやく1人の警察官がパトカーに座り、

静かにこう言いました。



「ご主人のスマホに、あなたは自殺のメッセージを送った。


あなたの通院歴を調べたら、最近、精神科に半年ほど通院歴があるようだ。



あなたを精神科の緊急保護施設に送る。」



精神科のグラッド先生が、

私を助けるために

尽力くださり異例で通わせてくれた精神科。


それがアダとなりました。


良い人が

一生懸命、やってくださったことさえ、

アダとなりました。



 


また警察官はパトカーを下り、更にしばらくそこから1時間くらい発進しませんでした。



辺りは暗くなり、

いきなり雨が降り出しました。


昼間は晴れていたのに…。


気づいたら、夫を含め、警察官たちは家の中に入ったようで、

パトカーの周りには誰もいませんでした。



私は暗く、雨に打たれる自宅をパトカーの中から眺めながら、



神様なんていないんだな。


カトリックの有名な詩を思い出しました。


ある夜、私は夢を見た。

私は、神様ともに、なぎさを歩いていた。

暗い夜空に、これまでの私の人生が映し出された。


どの光景にも、砂の上に二人の足跡が残されていた。

一つは私の足跡、もう一つは神様の足跡だった。


しかしこれまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、

私は砂の上の足跡に目を留めた。


そこには一つの足跡しかなかった。

私の人生でいちばん辛く、悲しいときだった。


私はその悩みについて神様にお尋ね した。


「神様、私の人生の一番辛いとき、一人の足跡しかなかったのです。

一番あなたを必要とした時に、あなたがなぜ私を捨てられたのか、私にはわかりません」


神様はささやかれた。

「私の大切な子よ。私はあなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。

苦しみや試みのとき、足跡が一つだったのは、私の足跡だ。

私はあなたを背負って歩いていた」


うそだったわ


神様なんていない。



拘置所に入れられたのは独立記念日でしたが、

精神科の緊急保護施設に送られたのは、

子供たちが楽しみにしていたハロウィンの前日でした。



私は家の前に飾ったパンプキンを見つめながら、


本当にもう死にたい。


そう思いました。