2022年12月、年の瀬、
私は平日に午後休を取りました。
当時、第2子は小学校6年生。
小学校では中学校進学に向けて、保護者会がありました。
私は夫が2020年9月にスリップして警察沙汰になってから、保護者会などに行くのをやめました。
他の保護者さんに何かを知られていたらこわいからです。
しかしこの日は何とか保護者会に出席したかったのです。
第2子の担任教師である、M先生にお会いしたかったからです。
M先生はなんと…
第1子が小学校5〜6年生の時の担任をしてくださった後、
第2子が小学校6年生の時の担任もしてくださいました。
更に、この次の年、
第3子が学校5〜6年の担任も、またまたM先生になるのです。
つまりM先生が、私の子供3人全員の、
多感な小学校5〜6年の時の担任をしてくださったのです。
M先生は、第1子の時に、新米先生として赴任された若くて熱心な男性教員でした。
第1子のクラスの時、M先生はクラスの子たちに、
「僕の両親がアルコール依存症で崩壊していくのを、子供の立場でゆっくり見ていったので、僕は絶対に酒は飲まないと決めた。」
と話してくれたことがあったそうです。
私はM先生が大好きです。
私の子供3人をみていただいたからです。
(ちなみに第1子は、小学校入学前に、区役所の就学相談で、
「あなたの第1子は、
注意欠陥・多動性障害(ADHD)です。
私は医師ではありませんが、見ればわかります。
典型的な注意欠陥・多動性障害(ADHD)です。
よって普通学級への進学は厳しいです。
まず椅子に座ってられず、
教室を飛び出していくでしょう。
そこで事故に遭ったら大変です。
だから特別支援学級に入れましょう。」
と言われましたが、
私は結局、第1子を普通学級へ進学させました。
もし問題が起こったら、その時に考えようと思ったのです。
そして第1子が小学校5年生の時、M先生は三者面談で、第1子のことを、
「絵に描いたような優等生」
とおっしゃってくださいました。
小学校入学前に、あれだけ小児精神科や、学務課で、
「普通学級の進学は厳しい。」
と懸念された第1子は結局、小学校に入学してみたら、授業中は椅子に座ることができ、宿題もきちんとやり、学校生活をしっかり送れるようになっていました。
それは完全に、小学校の先生たちのおかげでした。
私の子供たちの学校の担任の先生は、皆、とても素晴らしい先生たちばかりした。
特にM先生は、私の子供3人の良い部分を沢山引き出してくださいました。)
当時、第2子が小学校6年生の冬休み前、
もう大好きなM先生にお会いする時間も限られてきており、勇気を出して保護者会に出席することにしました。
…しかし、小学校の近くまで来て、私はやっぱり行きたくなくなってしまいました。
以前は、私は教育熱心な親に分類される方でした。
保護者会に出席し、担任の先生の話を聞き、子供の机を整理し、きちんと勉強についていっているかなど、しっかり把握しておきたかったのです。
そんな私でしたが、夫の問題が続くと、
小学校などで他の保護者さんたちに会うのが辛くなってきました。
とてもこわかったのです、夫のことが何か知られているのではないかと…。
わざわざ午後休を取り、
小学校の近くまで行ったものの、
私はやはりこわくなり、保護者会に行かず、家に帰ってしまいました。
第3子は、帰宅していました。
第2子は、帰宅後にピアノ教室へ出かけた為、不在でした。
第1子は、当時は中学生の為、まだ学校でした。
そして夫は相変わらず、第1子の部屋で引きこもりでした。
私は横になりながら、
もうすぐクリスマス、正月だな…。
2022年が終わる。
疲れたな。
2022年は本当にキツかった。
どうかもう、
「明日、何かが起こってるかもしれない。」
という、不安がなくなりますように。
2023年は少しでもマシになっていますように。
…と思っていると、
ピンポーン。
チャイムが鳴りました。
誰だろうと思った瞬間。
ドンドンドン!
ドアを激しく叩く音。
え、誰!?
混乱しながら、ゆっくり起き上がろうとすると…
玄関ドアの外から、
どこかの子供たちの集団の声が聞こえました。
「◯◯(第3子)のお父さーん!」
どうやら、
第3子のクラスメイトの男子グループ集団でした。
え、
なにごと?
ドンドンドン!
「◯◯(第3子)のお父さーん!」
私は、次の言葉で、
震え上がりました。
「◯◯のお父さーん!
僕のニンテンドースイッチを
返してくださーい!!!」