過去にあった事、感じた事を基盤にして
考え方は作られる。
私は両親、兄2人の中の
いわゆる「末っ子長女」
末っ子で長女、しかも女1人といえば
当然、甘やかされて育ち
それはそれは女の子らしい女の子になる
という勝手なイメージがあるんですが・・・
甘かった・・・
全然違いました。
2歳差・5歳差の兄に毎日いじめられ、バカにされ
あれをすれば「違う!」
これをすれば「出来てない!」
私はすっかり劣等感と悔しさのカタマリを
身につけていました。
悔しいけれど到底勝てない。
反発すれば負かされる泣かされる。
「私だってできるもん、凄いんだから・・みてろよ」
という思いは保育園の友達に向けられました。
兄にはかなわないのでw
といっても 内心毒づく 程度でしたが
いつも孤独な思いをしていました。
どこか友達をバカにしていて
自分から距離をとっていたので
必然的に基本1人。
仲のいい友達はいました。でもやっぱり
どこか距離を感じていましたね。
「出る杭は打たれる」を経験していたので
自己主張も忘れ。
それでも友達が無邪気にしていて
先生に甘えている所なんかを見ると
「いいな」と思っていました。
先生から見ると
大人しくて観察力の鋭い子
だったらしいのですが
とんでもない。
自己主張できなくていつも人の顔色を伺っている子
これが私の姿でした。
もう1つ
これは私のトラウマ。
追い打ちをかけた出来事なのですが
毎日兄に泣かされていた私は
毎日母に助けを求めに行っていました。
いつもの事なので
母よしよしと慰めはしません。
助けを求めると言っても
母の影に隠れる程度でした。
でもその日は違ったんです。
いつものように兄に泣かされ
私が母のもとへ行った時、
母はもういいからという態度で「あー、はいはい」
と言ったんです。
ハタから見ればいつもの兄弟喧嘩。
そらぁ毎回構ってたらキリがない。
分かってます。
でも、でも
私にとっては
それが唯一、母への「甘え」る行動だったんです。
私は赤ちゃんの頃からわりと大人しい方だったようで
赤ちゃんの頃から1人部屋。
寝る時もずっと1人だったらしく
自分の記憶にも親と一緒に寝た。なんて無いんです。
スキンシップするような親じゃないし
会話だって少ない家族なんです。
それが当たり前だったんです。
当たり前だったけど、
違う愛情の注ぎ方(金銭面とか・食事の世話とか)で
愛情をくれてるのは十分分かってたけど
どこか寂しかった。
他の家のお母さんがしているみたいに
ぎゅっと抱きしめるだとか
手をつなぐだとか
してほしいと思ってた。
でも分からない。
どう甘えたらいいのか。
いっていいのかも不安でした。
だからその日
母の「あー、はいはい」という言葉と態度は
私の心に突き刺さりました。
同時に追いつめられた気がしました。
「あぁ、甘えてはいけないんだ。
自分で頑張らなきゃいけないんだ。」
幼いながら悟った気がしました。
その日から私は泣きはしても
母には頼らなくなりました。
家の中だけでなく外でも。
外ではもっと酷かった。
友達や保育園の先生に頼るどころか
人前で泣かなくなりましたね・・・。
それが私の当たり前になりました。
頼ってはいけない
強くなければいけない
1人で何とかしないといけない。
もの凄く辛い。
悲しい。
それすら忘れて
それを生きる術にしてしまいました。