(発症から初期治療…動注療法~手術~抗がん剤治療までの回想です)
さっきから眼球にまつげが張り付いて取れません。
・・・それはどうでもいいんですが(よくない)
こんにちは、りんです。
実は動注3回目が終わって、さらなる新しい治療が昨日から始まってるのですが、3年前の原発の時の術後の話しが何一つ書けていないと言う体たらく。
現在の話しを先に書くと、もう永遠に術後の話しが書けない気がするので、ゴーインに追いつく作戦に出ることにします。
目標:今月中に現在に追いつく!ぃやったるでぇ!
というわけで、本題。
今回も無駄話が多く長いのは仕様です。
2012年7月に手術をし、8月から翌年1月までの6ヶ月間、抗がん剤治療を受けました。
退院後の診察で主治医R先生から伝えられた術後の病理検査の結果。
・子宮頸がん(扁平上皮癌)1b2期
・子宮体癌2期 (どちらも原発)
・リンパ節他への転移はない。
(ステージと癌の種類については、【 本当の病歴
】という記事で書いた通り、この時R先生に言われたのとは少し違っていたのですが、この当時は説明された通りだと思っていた。)
私は術前から『腫瘍が大きい』と言われていた。
そのままの大きさでの手術は危険とのことで、小さくするために術前動注化学療法も受けた。
その大きな腫瘍…
R先生は【子宮頸がんがすごく大きい状態】だと思っていたそうで、
『頚部の癌が、子宮の中へ中へと向かっていっている状態だと思います』と仰っていた。
なのに、いざお腹を開けてみたら、【頸がん】と【体がん】のダブル癌。
仲良くくっついていたので、ひとつの塊に見えていたらしい。
どちらも原発で、『非常に珍しい』と言われた。
そして、術後の追加治療のお話し。
『リンパ節転移もなかったし腫瘍はキレイに取れたから、頸がんだけなら追加治療なし…とも思ったんですが、体癌が進んでいるので、やっぱり化学療法をしましょう』
覚悟はしてた。
でも
『追加治療については、病理の結果で決めましょう』と言われてたから、心のどこかでやらなくてもいいんじゃないかって期待もあった。
手術を受けてもなお、どこか他人事だったのかもしれない。
意外と大丈夫なんじゃないかなー
このまま生きていけるんじゃないかなー…と、なんとなく思っていた気がする。
(この病気になるまでは楽観的なビビリだったんですよ、今はスーパーネガティブー子だけどさ!)
術後の私は、癌ナメてたね。ナメきってた。
というわけで、2012年8月~2013年1月にかけて抗がん剤6クールが決まった。
その時は治療のことより、抜けていくであろう髪の毛のことばかり考えて憂鬱になっていた。
で、化学療法やってみたら、なんじゃこりゃー!
1クール目の入院5日間で体重6kg落ちとるがな。
普通体重の人なら2kgくらいのことなので、大騒ぎすることではないのは重々承知だけど、6kgはデカイ。
これが巷で噂の抗がん剤ダイエットか!
全部で6回だから、6kg×6回、リバウンド分を考慮しても30kgダイエット?
いやーん、楽々美容体重じゃーん。
抗がん剤すげー。6kgすげー。
そして、6kgよりデカかった…と言うか、イタかったのは個室料金・・・。
術後化学療法も、術前動注の時によく効いた【シスプラチン】を使ったのだけど、その時ひどかった吐き気が怖くて1クール目は個室を取った。
大部屋は4人部屋で、カーテンで仕切ってあるとは言え、他の患者さんに吐いたりする音を聞かせるのは…
何よりもそういう状態で私自身が落ち着いて治療が出来ないと思ったので。
繊細なんです、私。
個室料金、1日2万円(弱)×5日分。
弟や義母が入院していた病院は7000円とか3000円なのに、個室。
こんな東京の端っこなのに高っ!
TVカードは無料だったので、全然見ないけどずっとつけっ放しにしてみた。
せめてもの抵抗です。(何に対してだ)
ERに運ばれた最初の入院は病院の都合で個室に入ってたけど、
その時は誰も使っていいって言わなかったシャワーも、気持ち悪くて全く食べられなくてフラフラしながらでも入った。
意地で入ってやった。しんどかったけどな!
あ、2回目からは素直に大部屋行きました。
とまぁ、相変わらず脱線しまくりで無駄に長くなってきたので、もうまとめる!(投げやり)
ていうか、コレを最初に書けって話しだよね。ごめんよ。
■追加治療の化学療法。
・CAP療法(シスプラチン/エピルビシン/エンドキサン)
・2012年8月~2013年1月まで、月1回×6回(6クール)。
・5日間入院し、2日目に治療、3~4日目は流し点滴、5日目に退院。
■入院中に起こった副作用
・1クール目
キツカッタ。薬が体に入った夜から全く食べることが出来ず、吐き気が止まらず。
食欲は全くなく、毎日ヨーグルトを少しだけ。
何かにつかまらないと歩けない。
体重6kg減少。
・2~6クール目
1回目の時は出なかったステロイド系の吐き気止め(デカドロン)を処方してもらえたからか、吐き気は少し改善され、楽になった。
それでもやっぱり病院食は食べられず、ウィダーインゼリーやヨーグルトや果物を持参していた。
■退院後に現れた副作用の症状
・吐き気、倦怠感、微熱、眩暈。
・便秘(これは何十年モノなので直接は関係ないかも)
・体が急に熱くなり、しばらくすると寒くなる(これも単なる更年期かしら)
抗がん剤が入った後から、体温調節がうまくできなくなりました。
・首、と言うか喉に蓋をされてるみたいな息苦しさ。
寝たら息とまるんじゃないかと本気で恐怖だった。
・顔の浮腫み。
元々脂肪たっぷりのデカ顔なので、浮腫んでるかどうかわかりにくいんだけど、とにかく顔が重くて痛くてだるい。
うまく口も動かせなくて、食べるのに難儀しました(そこか)
これらの症状は抗がん剤を入れた日から7~10日続きました。
便秘は以前から処方されていたマグミットと大建中湯でなんとか搾り出し、
その他の症状はひたすら寝てガマンすることしか出来なかった。
でも寝てるだけじゃ中々良くならないんだよね。
なので、少し体調が回復した?ってタイミングで(完全回復でなくても)、お風呂に入るのがよかったです、私の場合。
フラフラしていた足元もなぜかしっかりして、回復が早くなるような気がしてします。
気分転換って意味もあったのかな。
入浴中に何かあると怖いので、家族に数分置きに覗いてもらっていたけど。
■血液検査
R先生は血液検査の結果表をくれなかったので(私も、「もらう・自分で確認する」という意識もなかったダメ患者)
数値はわからないけれど、検査の結果で何か言われたことはなく、いつ行っても「順調です」と仰っていたので、白血球など多少は減っていても恐らく特に問題なくイケていたと思います。
■気をつけていたこと
食べ物と猫との接触。
食べ物は皆さんと一緒、生野菜・生ものは避けるように言われていたのでそこは忠実に守りました。
大好きなお寿司やお刺身は、次の治療が始まる1週間前のみ。
同じ病室だった人は、「果物もNG」と言われたそうです。
私は言われなかったぞ…。何この対応の違い。
猫との接触も避けるようにと言われたので、当時、4猫でしたが微妙な距離感で過ごしました。
■髪の毛事情
抜けた抜けたよー!ごっそり抜けたよー!
ただ、タキサン系の薬は使っていなかったので、ツルツルになることはなかったです。
全体的に抜けつつ、てっぺんが特に酷く、落ち武者みたいな感じ?
でも3クール目が終わっても、頭頂隠しの帽子をかぶればなんとか自毛でイケるくらいの量。
さすがにそれ以降は外出時、帽子でもウィッグが必要になったけど、
治療最後の6クール目の入院の時も、まだ耳回りと後ろの毛が少し残っていたのでケア帽子をかぶっても髪の毛は出ていた。
ちょっと(だいぶ?)毛が薄い人って感じ。
髪の毛以外の毛・・・腕や足や脇や色々な毛は一切変化なし。
抜けていいとこはガッツリ抜けてくれよ…。
仲良くなった体癌の患者さんも私と全く同じ薬だったけれど、髪の毛はあまり抜けなくて、1月に治療を終え、3月にはベリーショートで自毛デビューしていた。
シスプラチンはひどくは抜けないっていうのは本当みたいです。
私の場合は、体重に合わせた薬の量で、人の2倍だったから沢山抜けたんだな、きっと。
それでも微妙に残っていたおかげで、ショートOKなら脱ズラも早かったと思います。
私はセミロングになるまでズラを手放さなかったから、抗がん剤終了から1年3ヵ月後の自毛デビューだったんですが。
と言うわけで、原発癌の治療はコレでおしまい。
待ちに待った経過観察に入ることが出来ました。
・・またしても超絶長くなってしまった。
恐らく、同じ病気で見に来てくださってる方がほとんどだと思うのですが、役に立たない内容ばかりで本当に申し訳ないです。
なら本題だけにしろって話しだけど、
そーれは無理。多分無理。きっと無理。ずっと無理。(愛の水中歌のメロディにのせて)
・・・なるべく読みやすいブログを心がけるので、見捨てないでください。(窺うような視線で)