※初発治療終了から1年後、2014年1月に骨盤内局所再発をした時の記録(記憶)です。
探し物をしていたら、買ったまま未開封だった「ビリーズブートキャンプ」を発掘した、りんです。
こんにちは。
大好きな動注のH先生に 『温熱はねぇ、脂肪が厚いと痛いだけで、中まで届かないんだよねー』 と言われてから、かれこれ3ヶ月。
主治医(綾野剛似)に 『痩せてください』 と言われ続けて早1年半。
ビリー隊長、今から入隊しても間に合いますか?
頑張ってチャレンジしたら
なんだか知らない間に横に割れてしまった私の腹筋?も、美しく縦に割れるかしら…。
本題…の前に、恒例のお詫びと言う名の言い訳。
本当は2回に分けて書くつもりが、再発告知から治療後の検査結果まで無理やり1つにまとめたので、長文です。
もーしわけないです。本当に。
2014年1月。
手術から1年6ヵ月後。
抗がん剤治療終了から1年後。
3ヶ月前に変わったばかりの主治医(綾野剛似)から、それは突然告げられた。
『骨盤内に再発してます』
再発の告知なんて突然に決まってんだけどさ、もう寝耳に水。
再発するなんて夢にも思ってなかった。
正直言うと、再発の心配もしてなかった。
3ヵ月ごとのCTも、結果を聞きに行く時はちょっとドキドキしたけど、大丈夫だと思っていた。
提示された治療方法は3つ。
・放射線
・放射線+抗がん剤
・手術+抗がん剤
Dr.綾野GOは『放射線、かなぁ…』と言った。
骨盤内、腸壁の近くという場所が悪いので手術は人工肛門などのリスクが高い。
再発は1箇所だけなので、放射線がいいのではないかと。
私は「再発」という事実がショックすぎて、その場で答えが出せなかった。
それは初発の告知より何倍も、何十倍もショックだった。
帰り道。
途中のSAの隅っこに車を止めて泣いた。
予防のための抗がん剤。
辛かったあの治療が終わってからたった1年で再発。
もう長くは生きられないんだろうな。
勝手にそう思い込み、そのことに打ちのめされていた。
先生の『根治を目指しましょう』という言葉などすっかり忘れて。
そんな時に「絶対に大丈夫です、励まし会します!」と言ってくれた入院友達Jちゃんに会った。
そして、「ラクちゃんに相談してみない?」と言われた。
お名前は知っていた。ブログを拝見したこともある。
「もうラクちゃんには話してあって、すぐにメッセージ送ってって言ってくれてるから」
私はただ落ち込むだけで、前を向けずにいた。
何を選んでいいかわからなかった。
何を選んでも後悔するとしか思えなかった。
でも、同じ再発で闘っている人なら気持ちをわかってくれるかもしれない。
何かアドバイスをもらえるかもしれない。
そんな思いでメッセージを送った。
1人で抱えるのが辛かった。
本当に自分勝手な理由だけど、とにかく何かに、誰かにすがりたかった。
すぐに返事がかえってきた。とてもとても暖かい内容だった。
『大丈夫だよ!』
この言葉に救われた。
そして、今まで知らなかった、考えたこともなかった沢山のことを教えてもらった。
治療を自分で選ぶこと。
納得して自分で選んでいくこと。
落ち込んでばかりじゃダメだ。とにかく調べよう。
気持ちは放射線治療に傾いていたけど、もっときちんと納得するために。
そう思ったとたん、突然の高熱。
原因不明の40度超えの熱に1週間寝込んだ。
2週に渡り、記録的な大雪が東京に降った、ちょうどその間のことだった。
やっと起き上がれるようになったころには、主治医の診察日…治療を決める日が目前に迫っていた。
何も出来なかった。
何も調べられなかった。
なぜかそうは思わなかった。
「放射線で行け」と言われているのだと思った。
私が迷わないように。
そういう意味の発熱だったのだと。
真っ先にラクちゃんに報告した。
『放射線はねぇ、イケメン率が高いんだよ!だから目の保養が出来るよー』
『でもイケメンだから、お腹見せる時恥ずかしいけどねww』
彼女の暖かいユーモアに背中を押してもらい、「放射線で治療します」と主治医に伝えた。
2014年2月19日。
初めての放射線治療が始まった。
4月8日までの全33回。
骨盤全体に27回(48.6gy)、腫瘍部に5回(10gy)。
同時に経口抗がん剤「ユーエフティ配合カプセルT100」を内服。
放射線治療は毎日通わなくてはいけない。
途中で治療できなくなるといけないので、体調にだけは気をつけた。
放射線の治療時間はほんの数分。あっという間。
トップスを少し上までまくり、下着を太ももまで下ろした後、動かずに寝ているだけ。
事前にマジックで体につけた印に体の位置を合わせ(技師さんが)、照射する。
治療中は痛みも何もない。
手術、動注、抗がん剤と治療してきたけれど、一番楽だと思った。
副作用のことは治療前に説明を受けていた。
治療中に出てくるものとしては、吐き気、下痢、倦怠感、排尿痛、白血球減少、貧血、照射した部分の肌荒れなど。
数ヵ月後に起こる可能性があるものが、放射線性腸炎、直腸からの出血、膀胱炎、膀胱からの出血など。(ごくまれにだそうです)
実際に私に起こった副作用は、
・下痢P
・火傷のような皮膚の炎症
この2点だけだった。
食欲もなくならなければ、抗がん剤のような脱毛もなく、吐き気や倦怠感なども皆無。
血液検査もクリア。
でも、下痢はつらかった。
病院まで40分ほどかかるのだけど、途中でお腹が痛くなると最悪。
何度もコンビニに駆け込んだ。
処方薬も出してもらっていたけど、これが全然効かない。
結局、お腹のコントロールは全く出来なかった。
もう一つ、放射線性皮膚炎。
「なるよ」と説明されていたけど全く気配もなかったある日。
お風呂に入ってお尻のあたりをボディタオルで洗ったとき、痛みが。
なになになに?と思って鏡を見たら、皮膚が真っ赤になってめくれかけていた。
そして来ました。来るだろうなぁとは思っていたけどさ。
手術の後にもなったからね。
そうです、3段腹の一番下のあそこ。
『手術後の傷がグチュグチュして治りにくいから、風通しを良くするためにお腹のお肉をなるべく持ち上げていろ』と無茶を言われたあそこ。
そこの皮膚が見事に楕円形に破?れて真っ赤っ赤。めちゃくちゃ痛い。
放射線科の先生に泣きついたら、
『あー、これねぇ。太ってる人はそうなるのよねぇ。』
太ってる人…
確かに誰がどこから見てもそうだけど、ストレートだな、おい。
先生には「ソフラチュール貼付剤」と「ベトネベートクリーム」を処方してもらった。
お尻の方はあっという間に治ったけど、お腹はやっぱり時間がかかりました。
恐るべし、腹肉。
皆様。
放射線後に体を洗う時は、照射した場所をボディタオルでゴシゴシしては絶対にいけません。
モコモコの泡を作って、手でやさし~く洗いましょう。
そんなこんなで、
ソフラチュールとガーゼを腹肉ではさみながら(ガーゼを止めるテープすらいらなかったよ!あははー)
滞りなく33回の放射線治療が終わった。
5月、CTでの結果判定。
残念ながら腫瘍は消えていなかった。
でも、薄くなっている。
形…輪郭がモヤモヤしている。
だから効果あり。
ということだった。
でも消えてないってことは…
そう思っちゃうよ、素人は。
はっきり効果が目に見えなければガッカリしてしまう。
『まだ終わって1ヶ月だから、これからもっと薄くなっていくかもしれないし、
実際に癌は死んでいても画像にうつることもあるので、悲観することはなにもないよ』
『大きくならなければいいんです』
先生はそう言って、『大丈夫』と言うように笑った。
そして癌になってから2度目の経過観察に入った。
放射線治療についてもう一つ。
私は病院からそういう説明は受けたことはなかったのだけど、ブロ友さんのブログを拝読して知ったこと。
【放射線中は体重コントロールもしなければならない】
治療が始まる前、まず最初に放射線をあてる場所を決めて、マジックで印をつける。
治療中に痩せたり太ったりすると…
そうです。位置がずれてしまいます。
あたりまえのことですね。
でも私は何も考えてなかった。
多分、体重は増加していたと思う。
結局、1年後に同じ場所にまた再発したのだけど、
もしかしたら体重増えたからズレちゃったのかなぁと思ったり思わなかったり。
無知は罪です。
命をかけたこの闘いにおいては。
「説明されなかったから」ではすまない。
自分の体を守るのは自分です。
私はもうやり直せないけど、これからの方は本当に気をつけて自分を、体を労わってあげてください。
ブログの途中に少しだけ書いたけど…
再発したからこそ、出逢えたラクちゃん。
私は奇跡の出逢いだと思っています。
つらいことばかり与える神様がくれた、優しさだと。
ラクちゃんがいなかったら繋がれなかった大切な人たち。
全部が大切な出会いの奇跡です。
あなたのことを想わない日はありません。
目が覚めると一番最初に目に飛び込んでくるのは、あなたのポストカードです。
それを見て1日が始まります。
ラクちゃん、私ね、ラクちゃんに伝えてないことがあるんだ。
どうしてもこれだけは伝えておかなきゃって思うから、この場を借りて言うね。
大好きなラクちゃん。
うちの病院の放射線科にはイケメンはいなかったぞーーー!
イケメンどころか、おじちゃんばっかりだったよ…
放射線技師イケメン多い説ってラクちゃん地方の都市伝説?
あ、でもお腹見せるのも全然恥ずかしくなかったし、良かったのか。
私もラクちゃんと同じで、恥ずかしがり屋だからねww
まだまだ頑張るからね。
負けないから。
見ててね。