※2016年1月の記録(記憶)です。
2015年10月に動脈塞栓術をした後、11月は無治療、12月にもう一度動脈塞栓術に行った。
前回の治療結果は、骨盤・肺ともに現状維持。
肺が若干大きくなったかなという感じ。でもほぼサイズ変わらず。
10月は骨盤内をメインに治療してもらったけど、12月は肺もしてもらった。
先生、すごい。
いつもは骨盤内(とお尻)だけなのに、肺が増えたのに時間も短く、本当に楽だった。
そして2016年。
年明け早々、予定通り【イリノテカン+ネダプラチン】の6クール目が始まった。
6クール目なので、慣れたもの。DAY1治療後は、翌週に向けて家でウダウダゴロゴロして過ごしていた。
吐き気があるのは毎度の事で、今回も「気持ち悪い~」を繰り返していたのだけど、なんか変なことに気付く。。
何かがいつもと違う。
気持ち悪さやダルさは変わりないけど、なんかお腹の辺りがシクシクしている。
痛み止めをくれーーーー!とギャースカ騒ぐような痛みではないけど、今までに出た事のない症状。
そして、便秘。いつもはもういい加減にしてってくらい出ていたものが全く出ない。
私は自分にとても甘いので自分が辛い事を我慢はしません。なので、病院に連絡をしてみた。
1回目の電話では、処方されてる薬(大建中湯とマグミット)で様子見と言われ、予約がないと診てはもらえないので一度はあきらめたものの、私の持病の一つである「ネガティブ+心配性」が炸裂し、再度電話をしてみた。
電話口に出てくれたのは仲良しの看護師さん。
『腸閉塞だと怖いから、ERに来れる?』
速攻行きました。病院嫌いだけど、体調が悪いときは別。動きは早いデブです。
レントゲンをとったあと
『腸閉塞ですね。入院です。』
ガーン。
初発の入院時と、抗がん剤治療中に、腸閉塞の方と同室になったことがある。
お2人ともとても頑張りやさんで、前向きな方だった。
そのお2人とも「口からものを食べたいです。つらいです」と泣いているのを聞いた。
彼女たちの涙を目の当たりにして、ブロ友さんやネットでも読んでいた腸閉塞はとても恐怖だった。
それだけは避けたかった。なのに…。
病棟へ移りゴロゴロしていると、主治医(うっちー)がやってきた。
『大丈夫ー?腸閉塞だよ、腸閉塞。痛くないの?』
「ぜんぜん痛くないので帰っていいですか?」
『ダメだよ(笑) 』
不思議と痛みは全くなかった。
なんとなく不快感があるだけで、それも騒ぐほどでもなく。
でもレントゲンで見る限り、しっかりと腸閉塞だそうで、痛みがないのが不思議と言われたが、良く考えたら当たり前。トラムセット飲んでたんだから。
痛み止めって考え方によってはちょっと怖いものなんだなと思いました。
痛みがないのは良いけど、痛みに気付か(け)ないのは怖い。
実は私、この入院をした1週間後にとても大切な外来を控えていました。
骨盤内の腫瘍をなんとかすべく、JD先生がレールを敷いてくれていた別病院への外来。
なので、その外来にはどうしても行きたかったんです。(この話は次回します)
それは、主治医うっちーもわかってくれていて、何とか早く退院出来る様に考えてくれていた。
私の腸閉塞は、便秘からのものでした。
なので、便秘薬を飲んで出すという治療。
イレウス管も絶飲食もなく、お水や、ゼリー・プリン・ヨーグルトなどを食べることが出来ました。
普通のご飯とか固形物はダメだったけれど。
腸閉塞になったら食欲を我慢できるだろうか…とそれだけが不安だったけど(それだけかい)、なぜかそれほどお腹もすかず、5日で退院することが出来た。
固形物はダメ、5分粥とか、やわらかいものを噛んで噛んで食べないといけなかったので、帰宅してからのご飯がちょっと面倒だったけれど、
腸閉塞を経験されているブロ友さんの記事を読んで勉強したり、ネットで調べたりしながら、とにかく柔らかい物を噛みまくって過ごしていました。
退院させてくれたうっちー先生には感謝しています。
ちょっとでも変だなと思った時に動いてよかったと思います。
もっとひどくなってからだったら、とても5日では退院できなかったと思う。
自分の体の変化に敏感になる。これもSmile Girlsで教えてもらったことです。
ぐずぐずしがちな私のお尻をいつも叩いてくれて本当にありがとうございます。
みなさんも、自分の体の変化には気を付けてくださいね。
自分しかわかってあげられないのだから。
余談ですが…
腸閉塞で気をつけなければいけない食べ物って、きのことかこんにゃくとか海藻類とか根菜とか。
私に必要なものばかりでした。
これ禁止されたらどうやって便秘解消やダイエットするんだろうってものばかり。
食生活って奥が深いですね。(なんか適当にまとめた感アリアリな〆w)