地上に出ようと階段にするかエスカレーターにするか悩んだけど、エスカレーターを選択。
これが…
あの人との久しぶりの再会でした。
エスカレーターを上り右側に目に入ったおじいさんが人混みの中携帯で写メを撮っていた。
何?と左側を見たら…
大きな壁に大きな写真。
懐かしい人がいました。
人混みの中だけどドキッとして思わず立ち止まってしまった。
この写真は飲み会の帰りに撮りました。
なにせ凄い人混みなので…
人を入れずに撮りたかったから。
この人を知っている、覚えている人はどれぐらいいる?
横浜の伊勢佐木町、馬車道、福富町、野毛、日ノ出町…その辺りでは本当に有名な人でした。
横浜全体に…でも過言ではないかな。
本名を知っている人はいるのかな…
ドキュメンタリーの映画にもなった。
「メリーさん」
彼女はそう呼ばれていました。
白黒だからではなく、
髪の毛意外を全身白で統一していました。
もちろん顔もです。
鈴木その子を思い出している人もいるかな?
鈴木その子さんのような化粧とは全く違います。どうやってあんなに白にしているんだろう?絵の具?と子供心に思いました(笑)
歌舞伎役者が顔を白くしますよね。あんな感じ。アイライナーはかなりものすごく厚く黒で書いて、眉毛も太い黒。唇は真っ赤。
首から手と足、洋服から出ている所は全部白。
彼女の、メリーさんのポリシーだったのでしょう。
もちろん洋服も白です。
一年中、白のロングワンピース。
日傘も持っていましたがもちろん白。
メリーさん。
戦後から伊勢佐木町、日ノ出町界隈に出没するようになったと聞いています。
彼女は娼婦でした。
言い方は色々ありますが…
私が住んでいた日ノ出町界隈では
「立ちんぼ」と言っていました。
街角に立って男性を待つ。
男性に声をかけホテルや旅館に行ってそういう行為をしてお金をもらう仕事。
ここで捕捉。
私が物心ついた頃から住んでいた日ノ出町。
日ノ出町から黄金町に続くガード下には小さな扉一枚程度の店があり、
二階に上がると布団一枚だけがある。そういう行為をする店がずらーっと並んでいました。
薄暗くピンクや黄色い電気が付いていて、入口には女の人が一人イスに座ってタバコを吸いながら、男性客が来るのを待っている。子供は絶対に行っては行けない!と強く言われていました。ずいぶん前にそういう店は全て検挙され撤去。今ではデザイナーやアーティスト達を応援するための施設などがあり、あの頃の面影は全くなくなっています。
日ノ出町から伊勢佐木町までの通りにはたくさんの立ちんぼがいました。
通りによって縄張りがあります。
若い女性達。
ちょっと年齢がいった女性達。
ロシア中国フィリピンなど外国人達。
昔はおかまと呼んでいたゲイの人達。
角を曲がるだけで世界が違います。
そんな日ノ出町、伊勢佐木町界隈でした。
メリーさんの話に戻ります。
そういう夜の世界が繰り広げられる界隈で
メリーさんは異色でした。当然ですよね。
メリーさんにはもちろん縄張りはありません。
私は何度もメリーさんが男性に声をかけている所を見ています。とても興味津々。
メリーさんに声をかけられた男性は逃げます。
必死に(笑)何故かというと、メリーさんは…
諦めません!ずーっと付いて行きます(笑)
「ねぇお兄さん!ねぇお兄さん!」と。
写真のメリーさんはかなり年をとっています。
昔はちゃんと若かった(笑)
でもその出で立ちでは男性も逃げますよね。
立ちんぼは夕方から現れますがメリーさんは昼からあちらこちらに出没していました。
伊勢佐木モール(昔は伊勢佐木町商店街)を。
福富町のモンテローザというケーキ屋、
馬車道にもよくいました。馬車道入口にあった有隣堂のビルのトイレ(トイレはここと決めていたかのようによく居た)馬車道にあった東宝会館(映画館)の前のベンチ、喫茶店…
メリーさんを見かけない日は…あったかな?
友人がモンテローザの一番奥の席でお茶をしていた所へメリーさんが来たので席を譲ったら、
なにやらご馳走してくれたと先日知りました。
特等席だったのかな?
私がある日馬車道有隣堂のベンチで出会った時、メリーさんはカレーパンを食べ牛乳を飲んでいました。カレーパン食べるんだ…(当たり前だけど)とガン見していたら(体が固まっていた)「パン食べる?」と袋から何かのパンを出してくれましたが、思わず断ってしまった事がありました。学生だった頃。若かった。
今となってはご馳走になれば良かったと思っています。
中学の夏の帰り道。
伊勢佐木町にオデオンというビルがあり(今は違う名前のビル)そのすぐ裏に「ピカデリー」という映画館がありました。昔は映画館よくありましたね。あっ…脱線。
ピカデリーの入口には大きな看板がバーンと出ていて当時やっている映画の絵が書いてありました。大きすぎて先が見えないぐらい。
学校の帰り道。友達とお喋りしながらピカデリーの前を歩いていると、看板を過ぎた所から
メリーさんが壁に寄りかかっている姿がパッと目に入り、思わず「わっ!」と驚いて声をあげてしまいました。
見慣れたメリーさんなのに。
白のロングワンピースの裾が風に吹かれてゆらゆらと揺れていました。風に揺られるレースのカーテンのように。そして全身白いから(笑)
道を歩いてすれ違う時、なにやらブツブツと独り言を言っている時や、少し微笑んで鼻歌を歌っている時もありました。
メリーさんはいつもたくさんの荷物を持っていました。小さなキャリーケースに紙袋をたくさん乗せていたり、大きな紙袋を腕に下げたり。
荷物を持ち歩くとは家がないのか?という噂や、家族には秘密にしているから着替えの洋服を持ち歩いているという噂、そもそも結婚してるの?実は子供もいるのではという噂…
メリーさんは実はお金持ちでちゃんとした家があるけど好きで出歩いているという噂…
色々な噂が飛び交っていましたが
誰も真相を知りませんでした。
彼女のドキュメンタリー映画も真相まではやらなかった…という記憶があります。
違っていたらごめんなさい。
もし知っているという人がいたら是非教えて下さい!
このブログを読んで回りにメリーさんの事を知っている人がいたら、是非聞いてみて下さい。
色々な新しいメリーさんが見えて来るかも知れません。そして良かったら教えて下さいね。
メリーさんは年をとって背中が丸くなり、腰が曲がって来ていても…
伊勢佐木町、日ノ出町辺りを歩いていました。
いつの間にか…
気付いたら…
あれ?見なくなったね…そんな感じでした。
いつの間にか居なくなったメリーさん。
伊勢佐木町も日ノ出町も馬車道も…
昔とはだいぶ面影が違います。
私も今は違う土地で暮らしています。
時々伊勢佐木町や日ノ出町辺りに行くと昔を思い出します。メリーさんの事も。
彼女を、メリーさんを
知っている、覚えている人はまだいますか?
メリーさんみたいな人は今までもこれからも
いないでしょうね。
壮絶な人生を歩んで来たに違いない人。
彼女の本当の姿を知りたかったな。
私の物心つく頃から大人になるまでの思い出の中に、メリーさんが時々現れる。
私は忘れない。忘れられない。
懐かしい…メリーさんの事を。
そういえば…
横浜駅でメリーさんの写メを撮っていたおじいさん。あなたはもしかして…
昔メリーさんに声をかけられた人ですか?
それともただ懐かしくて思わず写メを撮ったのでしょうか?
メリーさんにはこんな話もありました。
誰にでも声をかける訳じゃない。
メリーさんは自分の好みの男にだけ声をかける!だから声をかけて欲しくてもかけられない男もいる。
声をかけられた?お前選ばれてるな〜という話(笑)







