2007年2月、大学院の修論提出後、同級生女子6人でペルーに、卒業旅行に行きました!
飛行機で急に高地に上がると高山病になる、とは聞いていたけれど、
自分は大丈夫やろう、、と高をくくってました。。

アメリカで2回乗り換えて~の、もう何時間かかったんだかわかんない勢いでリマ国際空港へ。
そこでアフガンで働いてた一人も合流し、いざ、ペルー観光へ!!

初日はリマ観光。
すぐにホテルに荷物を置いて、海岸沿いのミラフローレンスと呼ばれる素敵エリアを散策。
おいしいシーフード料理に舌鼓、ブーゲンビリア咲き乱れるおしゃれ住宅を眺めたり、
リマのコロニアルな街並みを堪能したり、
リマには一泊だけでしたが、その夜には、
みんな口々に初日から歩き過ぎたのか疲れたねー、
なんか風邪っぽい、もう高山病かな。。。
なーんて、結構ぐったりして早めに就寝したんですが・・・

後で知った驚愕の事実!
リマは標高、0m!!!
高山病って、どゆことっ!?やでほんまー。

標高高いのに海があるって、どうゆうことなんやろねー?
ほんまやねー
うーん、あたしら多分なんか間違ってるんやと思うねんけどー
わからんなー

って、言ってたん、完全に間違ってたやんっ!

初日から高山病かかったつもりでダウンしてもうてましたが、
2日目には飛行機でマチュピチュ観光の拠点・クスコへ。
ここが標高3300m!!
もう、街について宿探しの間にバックパックが重い重い、そして息が切れる~~。
これは2年前にエチオピアで4階まで階段上った時に感じた空気のうっすい、呼吸苦と同じ感覚!
コカ茶が高山病に効く、とかいう話もあるけど全然でした。

では続きはまた明日~!
更なる標高を目指して(?)、クスコから長距離バスでプーノへ。
途中、ラクチ遺跡やらアルパカ牧場やらも見ながらの、長旅。
到着したプーノは標高3850m!
富士山よりも高いぞ!
その晩ホテルで寝ようとしたら・・・
同室のMがシャワー後「なんか苦しい・・・」と。
脈を見たら完全に不整脈!
Afでしょうね、聞くと祖母に心臓病があると。
深呼吸を促し、いつでも救急車呼べるようにフロントに聞いといて、
無事不整脈も治まり一晩過ごしましたが、
やはり恐るべし、酸欠!
洗顔時や洗髪時に息を止めるため酸欠になって不整脈が出る人、ホント多いです!

そして翌日はチチカカ湖観光へ。
世界一標高の高い所にある湖です、確か。

船に乗って葦でできた村に乗ったり、漁をしてるのを見たり。
とっても楽しい!
でも、みんなグッタリ、ここまで元気やったM子ちゃんもさすがに下痢はきたみたい、
そして昨夜不整脈出た子は観光もそこそこにボートで休んでました。

こうして終えたペルー観光、最終日には飛行機でリマに戻り、
そっっっこうで日本料理レストラン・さくらに駆け込んだのは、言うまでもありません。。。
旅行先で和食食べたの、生まれて初めてやわー!

という散々なペルー旅行。
修論頑張りすぎによる?頭痛は、もう治るどころかどんどん悪化していったのでした~~
標高3360mのクスコ、ここから登山電車に乗ってマチュピチュへ。
マチュピチュは、想像していたよりもはるかに美しい、
何も言葉を発せなくなるくらいの感動をもたらしてくれました。
私たちはしばらく、ただ座ってマチュピチュ遺跡の街を眺めていました。

ここでもみんな頭痛やら倦怠感やらでしんどかったのですが、
もちろん、更なる眺望を求めて隣のワイナピチュにも登りました!
すんごい急な、ほっそい石段を登って登って、
これ絶対作ってる時に人死んだよなー、とか言いながら
酸素薄いなかやっとの思いで登り切ったその先には・・・!

とんでもない絶景、緑と、川と、石の街。
ああ神様ってこういう所にいるのかもね、と思える素敵な天空の城でした。

さて、またクスコに上がってクスコも観光。
ここはインカ帝国の街の上にスペイン植民地の街が作られたので、
とってもコロニアルな雰囲気でかわいらしい街。
これに、ペルーの民族衣装着たおばちゃんやアルパカさん達がウロウロして
アンデスな雰囲気も抜群!

しかしもうこの時点で、我ら6人中4人がダウン気味。
歩くペースは遅く、下痢等胃腸症状も。
そして頭痛!
完全に高山病である。
(高山病になると、酸欠のため酸素は大事な脳などに優先して送られるので
 胃腸は後回し、よってい胃腸症状が出てくる)

ちなみに残りの2名は、というと、一人はアフリカでも病気知らずな強靭な肉体を持つM子ちゃん、
もう一人はアフガン帰りで既に高地トレーニングができていたAちん。

もう、あれだけおいしいと言ってたペルー料理なんて食べられない!!
お粥よ、お粥!とクスコ唯一の日本食レストランを探すが、なんとClosed!
隣の人に聞くと昨日からバケーション行ってると!!

今度は近くで中華を探す、ポリッジポリッジと言うが通じず粥と漢字で書いて通じる、
が、ない!!
仕方がないので事情を説明して、作ってもらう。。
はあー、なんとかこれで持ちそうです~~。

そしてここから、この旅行最大の危機を迎えることになるとは・・・

それは2007年1月,神戸。

正月休みって,なに?という感じで明けても暮れても一日中自宅でPC作業をしていた。

そう,月末提出予定の修士論文を必死こいて書いていたのだ!

自炊もせず,食べるものはひたすらテイクアウトか出前かコンビニの鍋焼きうどん。

7年前の看護師国家試験受験期間を思い出す。。

あの頃も,大学生時代ほっとんど勉強しなかったツケが廻り,

国試前1ヶ月は一日中こたつに座って勉強し続けていた。

広島に住む母に,「コンビニの物でもできるだけ栄養のあるもの食べなさい。鍋焼きうどんとか。」とアドバイスを受け,

毎夜徒歩2分のセブンイレブンに繰り出しては鍋焼きうどんとサラダばかり3食分買って帰る女子大生。。。

あれも冬だったなあ。


そんなわけで,一人暮らしの2DKのマンションのリビングで,部屋着に眼鏡で座椅子に座って,

もう延々とPCタイピングをしていた。

時々鍋焼きうどんを食べながら。


そんなある日,頭痛を自覚した。

元々偏頭痛持ちでもないので,あー,毎日,一日中PC作業してるからかなあ。

肩こりもひどいしなあ。

くらいに思っていた。


ほぼ丸一ヶ月,毎日頭痛は続いていて,ロキソニン(鎮痛剤)を日に1度は飲んでなんとかまぎらわしていた。

そしてようやく修論提出!

コースのみんなとやっと飲み会&カラオケ!!

散々はっちゃけ,翌々日?くらいから,コースの友人6人で,ペルーへ卒業旅行に!!!

待ってろよマチュピチュ!

頭痛はひどいがもうしゃーない,論文終わったし治るやろ♪と目論んで,

旅立ちました。。。


続く・・・

2007年新春,いつの間にか始まった頭痛と眩暈。

10分,15分座ってるだけでもフラッフラになる。

なにこれー!

そっからの9ヶ月に及ぶ私の闘病日記です。

同じ病気かもしれない人のお役に少しでもたてれば,と思いブログ開設しましたー。


ホントにマイナーで,医者にさえほとんど知られていないのが現状。

情報量がかなり少ない病気です。

イコール,検査・診察・治療してくれる医者・医療機関がほっとんどないということ!!


ちょっと今忙しいので,ちょいちょいしか更新できませんが,なんでも質問してください!

わかる範囲でお答えします!


まずはこちら。

脳脊髄液減少症患者・家族支援協会HP

http://www.npo-aswp.org/

つーかこんなのいつできた?


RINQ 26/07/2009