私は昭和38年、日本が高度経済成長に入り始めた頃、神戸に生まれました。

 私の音楽との出会いは、母の子守歌でした。

 

母は私をおぶって一日中歌を歌っていました。

童謡だったり、子守歌だったり。

また両親とも熱心なクリスチャンで、母は聖歌もよく歌っていました。

 

看護師で、独身時代には孤児院にも勤めていた母は子どもが大好きで、

初めての子どもの私をそれはそれは可愛がってくれました。

そして母の背中で聞いた歌が音楽との出会いだったのです。

 

幼稚園に入ると母は私を、幼稚園でやっている「Y音楽教室」に入れました。

そして家にあった足踏みオルガンを「練習」するように言ったのです。

私は歌は好きでしたが、「練習すること」の意味が分からなかったのを覚えています。

 

それでも音楽は好きだったので、小学校に上がると同時に、母の妹でピアノの先生をしていた叔母に、ピアノを習い始めました。週末、2つ下の妹と一緒に父の車で叔母の家に通うのは楽しみでした。茶色の木目の小さなアップライトピアノがうちに来た日は嬉しくて小躍りしました。ころころと可愛らしい音のするヤマハのピアノでした。

何か月か経ったある日私は、叔母が母に「理美は才能があるよ」と言ったのを聞いていました。

その言葉が私を、「音楽の道」に目覚めさせたのです。

 

【この世界は素晴らしいところ】

 

ある日、私がこの教室で子どもたちに伝えたいことは何だろう、と改めて考えてみました。

出てきた答えは

 

「この世界は素晴らしいところなんだよ」ということでした。

 

特に幼児さんのグループレッスン「こびとのへや」でやっている季節のうたあそびは、自然の恵みで生かされていることを思い出し、四季の移り変わりを感じる時間となっています。また、手あそび指あそびは、まだ周りと自分が未分化のこの年齢の子どもたちが、「自分」のからだがここにあること、「自分」のからだはここまでであること、を確かめることになります。

この世界は素晴らしいな、楽しいな、生まれてきてよかったな、と感じる体験。それはその子が生きていく力、生きていく根っこを育てることになります。

私が伝えたいのはこのことです。

 

また、この地球上の生きとし生けるものすべてが、生きる喜びを表現しています。花々が咲くのも、鳥が歌うのも、赤ちゃんが産声を上げるのも、みんなそうです。

人間は、やはり歌います。幼い子どもたちは何も教えなくても、歌うように暮らしています。

そして楽器を弾けるようになると、その表現の幅がどこまでも広がっていきます。

 みんな、生きる喜びを表現しているのです。

 

思いを新たに、この教室を始めた時の初心に返って、笑い声の絶えないレッスンにしたいと思います。