題名通り。ちょっとした日記的小話とれびゅー。
どうせ新劇一通り終わったらボックスセットが出るので、どうしようかなァと様子を見ていたんだが、アマゾンで4466円と思ったより安かったので購入。
劇場で見てからもう一年弱経つのでそろそろ見直したかったし。
去年、俺は平塚のシネコンまで一人で見に行ったんだけど、
その日は妙に浴衣姿の人が多かった。
時刻は確か夜の九時くらいで、暑い盛りの時期だったけど、その日は風がほんのり冷やっこくて良い感じだった。
映画が思ったより素晴らしい出来だったので、興奮気味に家に帰ると、湘南台で友人に遭遇。
「よお、どうしたの?」
「ちょっと平塚に行っててさ、今帰ってきたんだ」
「あ、お前も平塚行ってたんだ、俺も彼女と行ってきたとこ。凄い飾り付けだったよな」
ん?会話の流れが良く分からん…
「あれ、お前も七夕祭り行ってきたんじゃないの?」
「七夕祭りって?」
「何だ、知らないのかよ、平塚の七夕祭りっつったら、”関東三大七夕祭り”って有名なんだぞ」
「そうなんだ、知らなかった……」
「あれ、じゃあお前何しに行ってたの?」
「え、えヴぁ見に……」
ル…ルサンチマンなどに…俺は屈しないぞ!
これはそんな夏の思い出の作品だ。
内容については、さっきも言った通り、俺は凄く良い感じで進んでると思った。
ネット上では、古参のファンの一部が、
「こんなのエヴァじゃない!アングラ感が消えてしまった!大衆への迎合だ!庵野の裏切り者ー!」
みたいに喚いているのを結構見るけど、今、シンジが引き篭もって、アスカが「みんな大嫌い!でもあたしが一番嫌い!」
なんて言った上に最後には廃人になるようなエヴァをまた作ってもしょうがねぇだろうと思う。
(関係無いが↑の「廃人」を「俳人」にミスタイプして爆笑した。芭蕉かよ)
90年代半ばのTVシリーズで
「うおぉお、人も社会も怖ぇー!傷付け、傷付けられるくらいなら引き篭もってやる!」
と叫び、90年代末に旧劇場版で
「辛いけど、やっぱ頑張って人と世界と向き合うんだ!」
と覚悟を決めた庵野さんが、
10年かかって改めて”エヴァ”をやるんだから、この位変えてもらわないとむしろ駄目だろう。
「破」と言えば新キャラマリちゃん
が話題だが、ずっとループしてたシンジのカセットプレーヤーをぶっ壊して先に進めたり、
シェルターで一人で体操座りしてるシンジの所に二号機ごと突っ込んで来たりと、メタファーでは大活躍!
ただ、まだ本格的にはストーリーに絡んできていない。
しかし、とっつぁん坊やアキヤ君が
「マリとか完全に鶴巻だろwww」
と言う通り、新劇場版で新たに監督として鶴巻さんを迎えた事で(庵野は総監督)、
「完全な他人」として、庵野もマリを登場させる事が出来たんじゃなかろうか。
その分、旧エヴァでは一応「他人」として描かれていたものの、実際は
「どうみても庵野さん本人です本当にありがとうございました」
状態だったアスカが、ちゃんと「自分」としてしっかり開き直ってキャラ立ちしていたのが素晴らしかった。
アスカますます好きになった。
あと、「破」では食事のシーンが意識的に多用されていたり、シンジが土いじりをして
「土の匂いだ……」
と発言したりと、一周して”身体性”に目を向けさせようとしている。
どんなに悩んだ所で、ぼくらは体からは離れられない。
ちゃんと考えて丁寧に作られてる。
こうなると俄然次作の「Q」と、完結編(題未定)が楽しみになってくる。
「完全な他人」マリちゃんと、「今度こそ君だけは幸せにして」くれるらしいカヲルくんもストーリーに必ず大きく関わってくるだろう。
どういう結末を提示してくれるのか、とても期待している。
ただ、庵野さんはここ10年、ほとんど作品を作ってきていない。
つまりゼロ年代に新たな問題提起として色々な作品でテーマにされた、「あえて一つの価値観を選びとる」メタ決断主義的作品を通ってきていない。
しかし、アスカの描かれ方や最後の「シンジきゅん」ならぬ「シンジさん!」具合から判断するに、ちゃんと自覚的に作ってくれてる…ハズ……。
できればその先を提示するようなまとめ方をしてくれたら嬉しい。
最後に余談だけど、「破」でアスカに死亡フラグが立ったときに、劇場にも関わらず思わず変な声が出てしまったという事をここに正直に告白したい。
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 EVANGELION:2.22 YOU CAN (NOT) AD.../林原めぐみ,緒方恵美
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曇リノ花火