引き寄せの法則関係の本に出会って、

わりあい、自分の考え方や観察したことに

近いんじゃないのかなと思った。

もちろん疑問は残る。


まず、妄想と夢の違い。

一途に人を好きになることとストーカーになってしまうこと。


つづく

(最近ブログかけない。。。いいや、少しずつ書こう。)


意識を意識する。

自分は意識を

どこに向けているのか、

それを意識することは

とても大切なこと


と、いうのはわかった。


難しいのは

意識の分配の実践。


バランスを取ること。


自分の意識は

どの範囲に

どのくらいの量が

向けられているのか。


こちらを気にしながら

あちらを気にするというように、

意識するほうを

技量以上に分散すると

失敗してしまうことが多い。


ワーキングメモリの範囲が狭く、

一つ物事が入ってくると

もう一つを忘れる。


単に、外の刺激のほうに

振り回されてしまっているのだろうけれど。


もっと自分がやろうとしていることを

意識して、

常にそちらに

意識が流れるよう、

頭の中の河を

大きくしたほうがいい。

そうすれば

外の刺激に対して反応する

小さな河に意識が流れても、

私達は惑わされず

自分がやりたいことに対して

反応する、

大きな河のほうに目が行く

ことになる。


私達は

他より大きかったり、

珍しいものに

意識が行く傾向があるから。


でも

どうやって河を

大きくすればいいんだろう。

意識の流れる量を

増やして、

早くして、

幅を広げるにしても、

それってつまり集中するということだし、

それができなから困っているのであって・・・。





眠る前に明日のことを思い描く。

「今日」は何をしようかな、と。

それは、

また夢から覚めることができるスイッチ。

私はイメージする力が弱いから、

紙に書くことにする。


明日の「今日の予定」


明日になって目覚めたとき、

「今日」というスイッチで

私は始動することになる。


簡単に言えば、「今日」という連想で

イメージが働いて、

すると脳みそが動き始めて、

体も動くということ。


でも日ごろから、目標を立てて、

それをこなした喜びがないと

難しいんだろな。

どうも忘れることが多い。

例えば

郵便局へお金をおろすついでに

手紙をポストへ投函しようとしたら、

お金だけおろしてきて手紙のことを

すっかり忘れていたりとか。


他の事に意識が漏れているだけの話だろう。


自分はあれも気にしたり、これも気にしたりなんて

技は到底できない。

もしかしてこれから先、できる様になるかもしれないけど、

今は到底できない。


目標を持って、やるべきことを絞って、

意識のエネルギーを注ぐこと。


まずは自分が持っている意識のエネルギー量を

把握すること。


あれをしながらこれをする、ができない

のなら、自分で「これだけは!」というポイントを絞って、

そこに集中。


混乱するならポイントを紙に書き出すのも良し。



意識を集中。

なんだってそう。

紙に書き出そう。

自分のエネルギーの放出先を

的に絞る。

10年。1年。1日。1時間。1秒。

どんな単位にでも言える事。

ばらばらに意識を向けるのもありだけれども、

それは時間を絞ること。

じゃないと身がもたない。

欲張って何もできないことがないように。


常に、自分のエネルギーがどこにむかっているのかを

自覚する。




身体 = 頭

栄養 =情報

吸収 =使える情報になるということ



有効な栄養にするには

食べ物を口に入れて噛み砕かないと、

消化能力が低ければ低いほど吸収しにくい。


よく噛み砕く

  =情報を自分が理解できるところまで分割する


自分が表現できる事というのは、

自分が既に吸収した栄養分。


表現ができるか、できないか、が

理解したか、していないか、の

一つの目印になる。


噛み砕かずに消化されていない

場合は、

表現がまだ完成していなくて、

外に現れない。

他人に伝える表現にまでは達していいない状態でもある。


自分が理解できるところまで引き寄せるには、

本当に自分はそれを理解したか、していないか?を

区別できなくてはならない。

すんなり頭に入ってこないのなら、それが大事なサイン。

もっと疑問に思ってもいい箇所があるはず。

あわてずに

一歩基礎に戻って覚えようということ。






物事を覚えるときには

自分が既に持っている確実な記憶と

結びつけるのも一つの手。


不安定な記憶より、

確実な記憶。


自分や家族の誕生日とか。

自分が大好きな趣味のこととか。


それに置き換えたり、

例えたりするだけで

結構簡単に覚えられる。






元気が出る感覚を探す。

そして元気が出る感覚のサンプルを作る。

その感覚達に再び出会えるように。



思わず笑ってしまった時の会話。


微笑んでしまうようなペットや子供の顔。


コーヒーを一杯飲んだ時の、

体の力が抜けた感じ。


思わず自分ってすごい

と思ってしまった瞬間。


夏の夕暮れに聞いた、虫の声。



心が豊かになった瞬間を探す。

その感覚が大切。

自分が今心地良いなと感じたら、

その時の匂いや風景、聞こえる音に

身をまかせる。

自分に正直に。


それを自分が得意な表現に

変換する。

言葉でも、視覚でも、身体でも、

なんでも。


それを覚えておく。

それが感覚のサンプル。


イライラしたときや悲しくなったとき、

その時のことを表現してみる。

そんな時でも

思わず思い出し笑いをしてしまったり、

筋肉が緩んだりしたら、

サンプルは有効。






何をしていいかわからなくなってしまう時というのは、

次にやる具体的な行動が決まっていないとき。

どうして決まらないかというと、

ピントがぼけたレンズで現実を覗いているから。


まずはフォーカスを絞る。

実際に基づいたイメージが作られるまで。


ある作業が面倒くさいというのは

イメージが曖昧

というだけのことが多い。

曖昧だと、

それを補うように、

過去に作られた一定のパターンの記憶が

イメージを征服してしまうから。


一回つらい思いをすると、次もつらいだろう

というように。


でも、フォーカスを絞って

よく現実を眺めてみると、

そうでもないことが多い。











すんなり事が進む時というのは、

大概必要な要素はほぼ揃っていて、

残りのあとほんの少しの必要な要素が

ひょいと加わったという時。


背中をうまく押したように

物事がが転がっていく状態。


宙に舞う気体だった水分に

ほんの少しの水分が加わり、

一定の重さを帯びることで

雫となり、大地に落ちるように。


ほぼ要素が揃っているものから

要素を落としていくと簡単で、

大地に確実に雫を落とせる。


少しずつためてこそ、

大地に水を落とすことが出来る。





様々なことを反省していくことも

必要だけれども、

物事がうまくいった時のことを

思い返す作業もしたほうがいい。

その時の自分の五感や思考、言葉、

道具、行動範囲など、なんでも。


うまくいったという確実な経験は

すんなり事が進むための

要素となり、

次に行動するときのヒントとなる。


ただし、

一つの要素に反応するのみでは、

柳のどじょうになってしまう。