りんごのブログ -3ページ目

りんごのブログ

~起業を目指す大学4年生の熱い日々~

先日ふくおかビジネスアカデミー(内容は笑売の達人を参照してください)の勉強会が行われました。
夏休みに行われたのは今回が2回目。
前回は想像力を働かせ、考えるワークが中心となりました。そこでは抽象的な内容になり(実際は
具体的な例を出していただいていたが)府に落とすことが出来ませんでした。
なぜ抽象的(具体的な例を出されながらも)な内容を府に落とすことができなかったのか。
それは話の概要をつかめずにいたからではないのかな。と今は考えています。
話の中で出てくる単語ばかりに気を取られ、話全体を一歩引いたところから見よう(つかもう)としなかったことが問題だったのかもしれません。
ではこの問題(この問題提起が正しいかそうではいかはおいておく。あくまでも仮説にすぎないからだ)を解決するにはどうしたらよいのでしょうか。
私の考えはこうだ。話を「聞く」姿勢から「探る」姿勢へと変えることが大切だと思う。
なぜならそういった姿勢で勉強会に挑むことでまず頭を働かせる状態をつくることが出来るからである。
「探る」とは論点(話し手の)を考えることに繋がる。しかししばしば私はこの論点を無視することがある(意図的ではない)。そうすると話し手と聞き手の間にギャップが生じてしまう。
話し手と聞き手の論点にギャップが生じると、話は思わぬ方向に進んだり、話し手の伝えたいことと、聞き手に伝わることとがずれてしまう。これを解消することが先の問題解決に繋がる一つの方法だと今のところ考えている。しかしそれを具体的にどのようにして解消(論点を探っていく)していくかがわかっていないことが問題なのかもしれない。
しかしそうだとしても焦ることもない。なぜならそれを今まさにふくおかビジネスアカデミーで学んでいるからだ。

前回の話が長くなってしまったが今回の話に戻そうと思います。
今回の勉強会は前回のとは違いケーススタディでした。
とあるNPOの代表を務める女性の事業の状況に関するインタビューを聞き、その問題点を探るということをしました。
その女性は障害者を雇用し小規模なレストランを経営していて、なかなか思うように売上を伸ばせずにいるそうです。ざっと、ではありますが事業内容、経緯、現状の話を聞きましたが、うまくいかないのはある意味当然。という感じを受けました。なぜなら、なぜその事業をするのかが見えにくかったからです。
事業を行う上でこのなぜ。を明確かつ深く考えなければ事業を継続することは難しいでしょう。

さて、今回のワークで感じたことは「なぜ」の大切さと難しさです。事業を行う上でも、生きて行く上でもこの「なぜ」を追求していくことは必要だと思います。それは自分を知ること、他者を知ること、社会を知ることに繋がると思うからです。
ただそれは一朝一夕で身につくものではないと実感しています。毎日毎日、何度も何度も繰り返し鍛えなければいざという時、自分が望む時に発揮されません。

私はこのふくおかビジネスアカデミーという学びの場でそういった思考力を鍛えることを目指しています。興味がある方はどうぞご参加ください。
大学生(私も含め)は期末試験を何のために受けているのだろう。
おそらく皆、単位取得のために受けている。と答えるだろう。
何のために単位を取得するのかという問いには、
卒業するためだと言うだろう。

そういった人達は何のために大学に通い講義を受け勉強しているのだろう。
なぜ高い学費を払ってまで大学に来ているのか。

高学歴社会だから大卒というブランドはもっておきたい。
やりたい仕事は大卒でないとできない。
やりたいことを見つけるためetc...

決してそう答える人たちが間違っているだとか、悪いと言いたいわけではない。
しかし、そういう人に限って大学の講義、試験を義務課題のようにこなしていく。
果たしてそこから何が得られるのか。
使い方も知らない知識を増やすだけではないか。
それが今の自分に必要なことなのか。

答えなどわかりません。
しかし、どこかでそれらの点と点を線で結ばなければ
意味がないように思います。

いよいよ明日から大学の学期末試験がはじまります。
もう早いもので私も4年生になり、試験も残すところあと2回(順当に単位を取得出来ればの話)
となりました。
しっかりと復習をしてのぞみたいと思います。

試験間近になると毎回のように思うのですが、
つくづく自分は質問力が低いな、と感じます。

わからないことがはっきりとわかっていない、
わからないことをわからないままにしていることが原因の
一つと言えると思っています。
これはテストに限って言えることではありません。
普段のありとあらゆる場面でこの悪い癖は現れています。

なぜこの悪い癖は現れるのでしょう?どんな時に現れるのでしょう?
どうすれば直るのでしょう?

わからないことをそのままにしている原因の一つは「近視眼的なモノの見方」しかできていない
ことではないか、と自分の中で思っています。
今解決しなくても何も問題はない、後からでもいい、今解決したところで
すぐに利益が出るわけではない。
そのような考え方しかできていないのでしょう。

もう一つ考えられる原因は「優先順位が決まってない」ということが考えられます。
上記のこととも似ているかもしれませんが、自分にとって本当に何が大切なのか、
今しなくてはいけないことは何か、それらが見えていないから「わからないまま」
を平気でしてしまうのだと思います。

そして三つ目に考えられるのが「思考を停止させる」ことです。
自分自身で考えるということを強制終了させてしまうのです。
考えたくない、考えることが疲れる。面倒だ。
そんなことを思って考えることを自らやめてしまうのです。
このことが一番の問題です。こいつをどうにかしなくてはいけません。
考えることは確かに疲れることですし、面倒なことです。
しかしその考えることをやめてしまったらどうなるでしょう。
おそらく人間としての成長は止まるでしょう。もっと言えば退化すると思います。

ではどういった場面で考えることをやめてしまうのでしょう。

難しい問題に出くわした時。
抽象的な問題に出くわした時。
私の場合、大きくこの二つに分けられると思います。
特に後者の時には考えることをやめてしまう確率は高いと思います。
なぜか?それは思考力の低さが原因でしょう。その中でも想像力の低さが
指摘できると思います。
抽象的な問題を具体的なものに置き換える、例える、繋げるといったことが出来ない。
だから何も見えないままで終わってしまうのです。

ならばこれらをどのようにして解決するのか。

それは書くことなしには解決出来ないと思います。そしてそれを継続することが大切です。
文章を書くにはそれなりに準備が必要です。情報収集のためのアンテナを張ることや
常に「なぜ?」を持ち歩くことなどがその準備に当てはまるのではないでしょうか。
私はこれらのプロセスの反復練習が何よりも大切だと思います。
最近気づいたと言った方が正しいですが…^^;

つまり質問力と書く力は深く関係していると言える。
これが私の(すでに言われていることかもしれませんが)見解です。
それらの力を養うという意味でも定期的にブログを更新しようと思います。