本を、読んでいた。
ひきこもりで名探偵の青年と、同級生の心優しき青年が織りなす物語。
著者が放つ繊細かつ大胆な心理描写は、俺の心を揺り動かし、感情の起伏を激しくさせる。
所用で劇団の稽古を早退した帰り道でも、俺は本を読んでいた。
ふと、活き活きと踊る活字から目を引き剥がす。
行きにも、帰りにも、昼食の買い物の時にも通る道。
そこに、大きなマンションと公園がある。
公園は、あたたかな感情が交錯する場所だ。
今日も、そうだった。
父子らしき2人が、キャッチボールをしていた。
子供の方の左手には、おそらく新調したてであろう、ぴかぴかのグローブ。
父親がボールを高く投げる。
子供はそれを嬉々として追う。
が、捕れない。
地面に落ち、転がっていくボール。
その先には、一輪車で遊ぶ2人の女の子と、父親か、もしくは兄。
その男性が、足元に転がってきたボールを拾い、走り寄ってきた子供に笑顔で投げ返す。
ふっ、と、笑みがこぼれた。
なんてあたたかく、なんて優しく……
なんて、羨ましいんだろう。
カサリ。
乾いた落葉が俺の体重を受け、砕けて散る。
さっと吹いた風がその破片を巻き上げ、すぐまたどこかへ行った。
秋は過ぎ、冬が訪れようとしている。
紅々と美しかった葉っぱは枯れて落ち、木々はその裸体を寒そうに震わせる。
カサカサとアスファルトを漂う枯葉は、冬の色に染まっていた。
喪失感と哀愁を感じさせる、寂しい冬の色に。
本を読みながら歩き、電車に乗って移動するうちに、俺は最寄り駅に辿り着いていた。
自転車に乗り、慣れた帰路に就く。
日は早くも傾いていた。
がちゃり。
重いドアを開け、1人で暮らす部屋に入る。
ただいま、とは言わなかった。
目の前に広がる閉鎖的な虚空に、その言葉を放っても、望む言葉は返ってこない。
上着とトレーナーを脱ぎ捨て、こたつに足を突っ込んでパソコンを起動する。
この画面に広がる先には、俺の住む本当の世界がある。
そう、信じて。
〝おかえり"
パソコンを立ち上げ、Skypeのログインを済ませて間もなく、この文字が現れた。
やっぱり、と俺はまた微笑みをこぼす。
俺の愛する人。
いつも俺のことを想い、俺の全てを抱擁してくれる人。
「おかえり」と、言ってくれる人。
俺は、いつもこの人に救われる。
それでも俺は、心の寒さを拭いきれなかった。
公園で見た、あのあたたかさが欲しかった。
俺はあたたかさを、熱いシャワーに求めた。
あたたかさを、こたつに求めた。
あたたかさを、本に求めた。
今日1日かけて読み続けた本が、終わった。
俺は本を閉じた瞬間、やっと自分が何をしたかったのか、分かった。
俺は、泣きたかったんだ。
冷たい涙に、あたたかさを求めていたんだ。
この気持ちを、俺が知る言葉の一番近いものに当てはめれば、
「寂しい」
となるのだろうか。
ホームシックにかかったわけじゃない。
手放しで甘えられる子供時代に戻りたくなったわけでもない。
ただ、俺は。
俺を必要としてくれる人に。
俺が、心の底から必要としている人に。
そばにいてほしい。
会って抱きしめたいとか、キスしたいとか、身体を重ねたいとか、そういうのじゃなくて。
ただ、そばにいてほしい。
「ただいま」「おかえり」
「なんか疲れちゃった」「ゆっくり休んでね」
「ずっと、そばにいるから」
その言葉がほしかった。
あの人は、いつも俺と一緒にいてくれる。
気持ちは、いつでも隣同士。
でも。
でも、でも。
そのあたたかなぬくもりが、ほしい。
そばにいてほしい。
もし涙がこぼれたら、どうしたの?と不安がるのではなくて、
黙って、寄り添って。
手を握って。
いて、ほしい。
悲しいことがあったわけじゃない。
悔しいことがあったわけじゃない。
辛いことがあったわけでもない。
ただ、ただ。
寂しさと、感謝の涙を流したい。
俺は、
ただ、
泣きたいだけなのだから。
Fin.
