まず初めに断っておくが、今回のブログは終始まとまっていない。
それもそのはず、職場の仮眠室のベッドに潜り、電気を消した午前2時前。
しかも、また久しく長文を書くことを怠っていた私だ。
まとまるはずもない。
だが今回、とある方の熱量に当てられ(無論いい意味で、だ)、どうしても文章が書きたくなった次第。
結局何を書くかと考え、2秒でブログに考えが至る。今の俺が台本書いたところでたいしたものにはならないだろうし。
そんなわけで、今回は頭の中に漂っているワードや情景をかき集め、いったんこのブログに移してやる、という作業を行うことにする。
読み物としての質は言うに及ばず、
ブログ、日記としても大変読みづらいものになるだろうから、
最高に暇で最高に度量が広く最高にノリが良い人がもしいれば、最後までお付き合い願いたい。



閑話休題。



いつの間にやら季節は冬だ。
今年はおかしなもので、11月になってなお台風がやってきた。
結果、3ヶ月連続で台風直撃という異常事態。
私などは2ヶ月連続で出先にて台風を喰らい、
少々えらい目にあった。
そんな異常気象にあって、今年は冬――つまり寒波の訪れが少々遅かったような気がしている。
今の仕事柄、寒くなる早朝や深夜に外にいることが少なく、ただ単に実感が遅れているだけだという可能性はあるものの、
それでもやっぱり今年の冬は暖かい気がする。
冬は寒いものだ。
しかし、冬の空気は澄んでいる。
その昔、中学生の頃。
塾に通っていた私は、よく冬の夜空を見上げながら歩いて帰った。
ひりつくような冷たい町、澄み切って気持ちの良い空気、そんな空気がくっきりと見せてくれる大空の星々。
田舎住みの特権である綺麗な星を見上げていたあの時間は、確かに純粋であっただろう。
北国の生まれではないので極寒ではないし、星ももっと灯りの少ない場所だとより綺麗に見える。
しかしあの頃の私には、何よりも美しいものだと思えた。

私は、感受性は豊かな方ではない。
むしろ自分の関心にしか心が動かない、不感動症のきらいすらある。
そもそも感受性が豊かなら、もっといい文章をもっとたくさん生み出せていてほしい。

……何が言いたいのかわからなくなってきたので次へ行こう。

「創る」という作業は、膨大なエネルギーを必要とする。
それは文章でも、音楽でも、絵でも、ひとつのステージでも、紙粘土の工作であっても変わらない。
以前の――昨年10月から12月ごろにかけての私は、創作に燃えていた。
他のことをしていても何かを思いつき、その日のうちに形に出来ていた。
手前味噌ながら、そこそこよい出来だと思うものも多少ある。
そんな私が、今はほとんど書けなくなった。
創れなくなった。
それはエネルギーの供給先が増えたことによって起こる、いわゆるガス欠だと思われる。
仕事、プライベート、交友関係、アウトプットのためのインプットに至るまで、全てのものがエネルギーを要求する。
おそらく私の中にエネルギー供給弁が出来てしまい、無意識のうちにより多くのエネルギーを喰う創作はブロックされてしまっているような気がする。
つまり、全てを満たすに十分なエネルギーを、私は持っていないのだ。
考えてみれば、昔はエネルギーが有り余っていた。
家にいることが退屈であり、じっとしていたくない時期もあった。
成長するにつれてそのエネルギーは沈静化していくが、それでもまだしっかり燃えているはずだった。
今は、あまり心が動かない。
それは多分、心が満たされているからなのだろう。
満たされれば出来なくなることがあり、空を感じれば満たされない心は不協和音を生む。

もう何がなんだかわからない。
混乱してきた。
頭の中に浮かんでいるものを掬い上げるのに必死で、渦を作り出してしまったようだ。
こうなると、この日はダメ。
寝てリセットをすることが大事だ。

いやぁ、フォロワーさんの熱量に押されて書き始めたのはいいが、見事に何の実りもない記事が出来上がってしまった。
こんなものは教科書の隅に書いた落書きほどの価値しかないが、
あえて残すことで、未来の自分のための反省材料としようと思う。

最後までこの駄文を読んでくれた方、
もしいれば、感謝申し上げるとともに、
深くお詫び申し上げたいと思う。

よければ当ブログの他の記事も読んでもらいたい。
少なくとも、この記事よりはマシなことが書いてあると思う。