先週、月に一度訪れている地域の市立小学校に、りんりんと2人で“居住地交流”に行ってきました。
交流に行きだして3年目。
最初の1年は同学年(当時1年生)のクラスに、1組から順番のお邪魔して、
歌を聴かせて下さったり、一緒にゲームをやってくれたり、という感じでしたが
昨年からは、もともと学校内で行っていた“支援学級と学年全体との交流イベント”に
りんりんも飛び入りで参加させてもらう、って感じのスタイルになりました。
“居住地交流”は私がりんりんを支援学校に入学させることを決めた時から
絶対にやりたいと強く望んでいたことで、
当市においては“府立”に通う生徒が、“市立”の学校に、しかも授業中にやってくる、というのは
今までに受け入れたことが無かったようで(それには正直驚きましたが)、
「前例がないから無理です」と、最初は取り付く島も無い感じで断られました。
でも、これだけは絶対に諦められなかった…。
りんりんは、ここの地域でずっと暮らしていきます。
通う学校が違うからって、「あの子誰?」「さぁ…?知らないなぁ?」ってことになりたくなかった。
本来であれば通っていたはずの学校のお友達。
仲良くしてもらう、ということまでには至らなくても、どこの誰かは知っていてもらいたかった。
将来、りんりんが近所の道を一人で歩けるようになった時(そんな日がくればいいなぁ)、
「あ、りんりんちゃんが歩いてる」って、見知ってもらっている、いない、は、大変重要なことなのです。
もしも危険な事があった時、もしも迷子になった時、
なければいいけれど、災害が起こって地域の避難所で過ごすことになった時・・・。
そう遠くはない将来を見据えて、それらを備えておくことは、とても大切だと感じています。
今年度からは、支援学校や支援学級に通う子ども達を分離せず、
健常児と共に育てていきましょう、というような(説明が下手ですみません)、
文科省からの方針が明示されたようで(インクルーシブ教育の推進(Benesseさんのサイトです) )
今まで交流に積極的でなかった地域、学校においても率先して行っていくことになったそうです。
なので、希望すれば支援学校に通っていても居住地交流はさせてもらえます。
敷居が低くなって、それは本当に良かったです。
私は最初、交流を実現させるためにとっても苦労したものですから…
当地域の小学校では、1、2ヶ月に1度のペースで、1年生~6年生までのいずれかの学年と
校内の支援級の子どもさん(学年問わず)との交流会を開いておられます。
毎回体育館で行われ、1時間、皆で楽しめるゲームをしたりして交流を深めます。
りんりんは、その交流会に校外の生徒として参加させてもらっています。
あまり注目されて中心に置かれると精神的な負担が大きいようなので、
『寄せてもらう』オプション的な今のスタイルの方が、結果的には、りんりんにとっても私にとっても
気軽に参加させてもらえてbetterだと思っています。
去年と今年で、すべての学年のお友達と交流をさせてもらいました。
りんりんと同じ学年(3年生)のお友達には、1年生の時にクラス単位で交流して下さった際、
私がなるべく子ども達にわかりやすいようにりんりんの紹介をさせてもらいました。
りんりんの障害のこと、なぜ別の学校に通っているかということ、
りんりんが好きなこと、嫌いなこと、時々耳栓をしたりするけど、気を悪くしないでね、ってこと
などなどを、詳しく話して知って貰えたこともあり、
やっぱり、一番フレンドリーに接してくれて、みんなに手をつないでもらったりしている姿が
親としてはなんとも嬉しい光景で、交流を実現させて良かったなぁとしみじみ思う瞬間でした。
でもまぁ、最初は大変なこともありましたョ。
りんりんのために、プレゼントを皆で作って準備して下さっていて、
それが、折り紙で作った輪つなぎの冠と首飾りで、
「りんりんちゃん、みんなで作りました、ど~ぞ♪」とばかりにお友達が頭にかけてくれたのですが
りんりんはそれが何なのか分からなかったのでしょう、
ビックリして大声をあげて、せっかくかけてくれた首飾りを引きちぎって取ってしまったのです。
その時の子ども達の驚いた顔!
そりゃあショックですよね、喜ぶと思って作ってくれたのだし。
その後のフォローが大変でした。私はみんなに謝りまくり!担任の先生も焦っておられるし。
りんりんは嫌で引きちぎったんではなくて、ビックリしただけなんだよ~と話し、
気を悪くしないように、帰宅してからもお礼をかねて、
子ども達に手紙を書いて学校にFAXを送ったりしました。
今では笑える?思い出ですが、その時は本当に焦りました。
でもそういう経験が大切なんだと思います。
それこそが、インクルーシブ教育の持つ重要な意味だと…。
で、今回は地域の小学校の6年生との交流会に参加させてもらいました。
6年生ともなると、みんな結構大人?な感じなんですね。
りんりんにも、支援級の子どもさんにも、正直あまり興味がないような感じ?で
じゃんけん列車のゲームをしてくれたのですが、皆ちょっと退屈そうで、時間を持て余していました。
低学年の子どもさんのように、好奇心いっぱいで鋭い質問の雨を降らせてきてくれないし
(「りんりんは何でしゃべられへんのん?」「え?まだオムツしてるのん?」「赤ちゃんみたい!」等々)
「誰か(私と)じゃんけんして~」とりんりんの手を引いて声をかけても皆逃げて行っちゃうし
負けると勝負した相手の肩を持って後ろにくっつくんだけど、
それもさせてくれない感じで話しかけても無視されちゃったり…。
ま、全員がそうだってわけではないんだろうけど、やっぱシャイになっていくんだろうなぁ。
思春期突入の頃だもんね。仕方ないと思うし、それが不満ってわけじゃありません。
でも、色々考えさせられなたなぁ・・・。
たぶん、どう接して良いのかわからないのでしょうね~。
障がい児に対して、興味関心の一切が無くなってしまったわけじゃないんだろうけど
かつてどの子も持っていた真っ直ぐな好奇心は、やっぱりどんどん失われていくのかな?って…。
それが、“大人になっていく”ということなんでしょうね、きっと…。
それともう一つ考えさせられた事。
いわゆる “きょうだい児” 達の心の問題。
我が家の場合は、りんりんとちゃっぴーは7つも歳が離れているし
りんりんは支援学校に通っているから、どの道同じ学校に通うことはないのだけれど
地域の学校に進学する障害児と、同じ学校に通うきょうだい達も、
高学年になるにつれ、想いがどんどん複雑になっていく子も多いと聞いています。
小さい頃は一緒に過ごせる事を無邪気に喜んでいたけれど、
だんだん人目が気になりだしたり、友達の反応に傷ついたり…。
6年生の子達と交流して、「あぁ、そういう想いになっていくのもわかるなぁ」って
なんだか妙に理解できたような気がしました。
これはこれで、深い深い問題です。
インクルーシブ教育が推進されるのであれば尚更、きょうだい児の心の事は
親や先生達がもっと気に留め重要視して、フォローしてあげなければならないと思いました。
様々な問題はあるにせよ、それでも私も障害児は、
なるべく小さい頃から健常児と共に同じ環境で育つのが理想じゃないかなと考えます。
もちろん、障害の種別、重さなどにもよるでしょうから、可能な限りで、なのですが…。
インクルーシブ教育の持つ意味について、もっと多くの方に知って頂ければいいなぁと思います。
去年、今年のスタイルになってからは、特に事前に下準備をすることなく交流に臨んでいたのですが
例えば、交流予定の学年便りに少しスペースを頂き、りんりんの紹介文を書かせてもらったり
支援学校の許可を貰って、支援学校のこと、授業の様子などの壁新聞を作って貼りださせてもらったり
せっかく貴重な交流の場を与えてもらっているのだから、
来年度からは、もう少し何かできないかなぁと考えたりしています。
今はまだ、地域の小学校の先生方も、交流の受け入れ態勢を模索されているような感じですが
これがもっと定着して、双方の子どもにとって有益な、
より良い時間を過ごせられるようになればいいなぁと、心から思った今回の居住地交流でした。
