ざっくり、学部時代を振り返ってみようと思う。
高校3年生の1月
センター試験で思うような点が取れず、
2月の前期試験では惨敗。
地元で1番の大学に進学をめざしていたが叶わなかった。
その後、浪人も覚悟して受けた後期試験で合格した大学に入学することになる。
大学に入学した当初は友達もまあまあ順調にできたし
成績もいい方だったし
部活も楽しかったし
充実した日々を送っていた。
しかし、わたしには当時から大きな問題があった。
躁うつ病
中学1年生のとき。
クラスの男子から嫌がらせを受けたことがきっかけだったと思う。
あの頃から感情を表に出すことをやめた。
自分の本心を隠して無理にテンションをあげ、
明朗活発と親から言われるくらいにキャラを作りきっていた。
そのうち
誰にも何も相談できなくなった。
全てを抱え込み、1人で何とかしてきた。
時折それが爆発し始めたのは高校生になってからだったと思う。
1年から2年に1度
隠しきれないほどの鬱期が来るようになった。
屋上から地面を眺めるのが日課になってたし
ドアノブで首吊りする方法とかも定期的に調べては試し、怖くなって辞める。
そんなことをするようになった。
そこまでいっても周りに相談できなかった。
正直、大学入試は気楽だった。
1人で机に向かえば良い日々。
誰にも邪魔されず、他人との関わりを持つ必要もなく
自分がやりたいように勉強して
やればやった分だけ、サボればサボった分だけ、
自分に返ってきた。
高校3年生の1年間は本当に精神的に落ち着いた日々を送れたと思う。
大学に入学して環境が大きく変わった。
無理をしてはしゃいでいたのかもしれない。
自覚はなかったが、結果としてこれが大学2年時の鬱期に繋がる。
大学2年のとき、急に部活をやめ、友人たちと授業、昼食を共にするのをやめた。
夏休みを絡めて徹底的に人付き合いを減らした。
1人で部屋に引きこもり何もしない日々。
さすがに心配した母に連れていかれた病院で診断がついた。
あのとき、少しほっとしたのを覚えている。
ああ、病気だったんだって。
あのときわたしはまだ生きたいって思った。
それから何度か事ある毎に大学を辞めたいと母に言うようになった。
母は
辞めたいなら辞めてもいい。
ただ、辞めるのは簡単だけどいいの?
それだけを聞いてきた。
だから辞めないでやってこれたんだと思う。
大学3年の冬まで何度かあった辞めたい時期を何とか乗り越えた。
大学4年
研究室配属が行われた。
わたしは第1志望の研究室には入れなかったが
成績は良い方だったので第2志望の研究室に入ることが出来た。
その研究室は基本的なルールはほとんどなく、
自由に来て自由に実験して自由に帰る。
いつ休むかもどんな理由で休むかも全部自由。
月に1度進捗報告は行うからそこで方向性の確認、修正、アドバイスを頂きまた進めていくっていうスタイルだった。
大学までは2時間かけて実家から通っていたわたしにとってはありがたいシステムだった。
放任主義のように聞こえるが、
先生も先輩もとても面倒見がよく非常にお世話になった。
ただ、わたしはそんな居心地のいい研究室を手放すことに決めていた。
やはりネックだったのは通学時間。
家から30分強で通える大学が2つあるんだから、修士の2年間は通学の負担を減らそうと思って大学院入試を外部受験することにした。
この決断がこの後のわたしの人生を大きく変えていった。