母が今月平成31年1月25日 に旅立ちました。
 
最後まで…
息を引き取る迄…
前向きに…
 
既に喘鳴と下顎呼吸がある中で
私と私の娘が駆けつけてしばらくしたら
私の娘(孫)の顔を見て笑った
 
 
そして驚く事に酸素マスクの中から聞こえたのは
小さく微かに口を動かし歌を口ずさんだ。
 
「母よ〜 貴女は〜 何と素敵な〜」辿々しく
 
 
私はこの曲?とyoutubeを開き母の耳元へ
確認すると…
頷いた。
 
 
その後私のスマホのYoutubeを
「うるさいから要らん」と言わんばかりに
跳ね除けて自分で又口ずさんだ。
 
もう音程にも歌詞にもほぼなってない
歌だったけどはっきりこの歌と家族全員が判った。
 
 
死の直前迄、自分を自分で励ましていた様な母。
まるでこの世とあの世の境目で
誰かと喋る様に
 
 
私が
私の娘が(孫)
声をかける度に
 
「はい、ありがとうございました」と
何度も
何度も最後までこの言葉を繰り返していました。
 
 
そして数時間後血圧が下がり
少しずつ呼吸が浅く、浅くなり
静かに息を引き取りました。
 
 
危篤の知らせ時まだ真っ暗な午前五時前だった。
 
すっかり夜が明け窓から明かりがさしていた。
 
午前9時21分に
長い長い人生の幕を閉じた。
 
 
娘、娘婿(私の夫)、孫娘、そして
ラインのテレビ電話を通じて臨終迄
話しかけてくれた関東に住む孫息子とそのお嫁さん。
 
しっかり最期を家族全員に看取られて
幸せそうに、穏やかに、旅立ちました。
 
本当に立派な大往生の先陣を目の当たりに
見せて下さった母。
立派な臨終への旅立ちの姿でした。
 
 
 
 
母よ。
この世に私を産み育てて下さり
ありがとうございました。
 
貴女がこの世に私をいだして下さった事で
私はこんな立派な娘、息子を持つ事が出来ました。
 
紆余曲折、波乱万丈、そして破天荒にも生きた
母よ。
 
本当にお疲れ様でした。
貴女に心から感謝します。
 
「ありがとうございました」は
貴女に私が言わなければいけない言葉です。
 
母よ。
ありがとうございました。
 
 
 
今日が初七日でした。
 
 
 
最後に母が亡くなる2日前
私と私の娘を前にこう言い笑わせてくれました。
 
「私ひばりちゃんの歌唄うから先生を全員呼んできて」と少し痛み止めで朦朧とし始めたばかりの
2日前。
 
「ちょいとお待ちよ車屋さ〜ん」と私達に流し目をして見せ…
「ほら、この流し目ひばりちゃんに似てるやろ? 私も鏡の前でこの前やってみたらそっくりやと思ってん」(笑 ←その日はまさか2日後を想像もしていなかったので)
 
私と娘はそんな母が可愛くもあり
可笑しくもあり
大笑いしました。
 
 
生前から美空ひばりさんのファンであり
そして人が好きで
賑やかな事が好きだった母。
初七日の今日を偲んで
 
 
最後に歌って笑かせてくれた母からの
プレゼントの美空ひばりさんの車屋さんで
母を偲びたいと思います。
 
 
母の病状を心配して下さり励ましの
コメントやメッセージを頂きました
皆様に深く御礼申し上げます。
 
 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 *この後次のブログにて
皆様へのさっちゃんのお礼と私からのご挨拶で
いよいよ「最終章」とさせて頂きます。
母の旅立ちのブログを拝読下さり
ありがとうございましたm(__)m