うちの学校はプライベートスクール。 カトリック系だけあって教会や神学コースもある。
基本的には大学と大学院、博士課程、面倒見のいい事にELP(English Language Program)も。
「なんでこの学校に来たの?」 この質問は何十回聞かれたことか。。。
期待に反して理由はとても他力本願だった。
「両親の友人であるホームステイ先のホストが決めてくれた」 家の近くだから車で送りやすいって理由。
I-20を取って さーっ!今からアメリカ行くぞっ!! って時に 彼らが Lay offにあった。
あの時 4千人規模の大きなリストラがDallasで起こったらしい、不運にも その一人。
選択1:彼らに付いて Californiaに? OR どうにか一人で Dallasに?
ファイナルアンサー: Dallasに!
そんなこんなで あわてて住む所を探すことに。日本人学生会(あの頃は人多かった)にお世話になりながら、辞書片手に日本からメールでルームメート探し。これにはショックを受けた。
日本に居た時は、ルームシェアーなんて発想無かったし(大学のとき1組居たが)。
それって学生なら当たり前ですよ??!!
なんなら 着いてからルームメイト探したら? by当時の日本人会会長
着いてから?!着いてからって、そんな行き当たりばったりでアメリカ行くの??
その日はどこに寝るん? 次の日は?? ホームレスやんっ!
ホームステイするはずが、どんどん変わってく状況にめっちゃ不安を抱えつつ、日本を出る前に交渉成立した彼女はコリアンだった。
到着ぅー!Tシャツ5枚、ジーパン2枚、下着10枚、英語関係の本数冊、CDプレーヤー、化粧品関係、誰よりも頼れるカードとお金、
それがスーツケースとバックの中身のすべて。
(ちなみに来たのは夏の終わりでDallasは暑いからT-シャツで十分って聞いてた)
さーて、アパート入居だぁー! 清清しい気持ちとスーツケースでそのコリアンに会った。
契約は済ましてあるはず!今日から入居のはず!
(英語がほとんど話せない私は日本人に通訳してもらった)
↓
「今日オフィス行くよ、契約?まだしてないよー。」 当たり前の顔して彼女は言った。
「!!!!!??????」
なんでやねんっ! あれだけメールで確認したのに!
で、そう伝えてもらった
「私もねっ、忙しかったのっ!!」 逆ギレされた。。。。
マジかよぉーーー、何だったん、あの1個1個のメールに辞書片手に3時間費やしてたうちの時間は。。。
日本では考えられん!っと思いつつ 仕方がないから一緒にオフィスへ
まんまと学校の前のアパートは満杯。。 空きは1ヵ月後と言われ、やっぱりホームレスへ。。
捨てる神あれば拾う神ありで、日本人の女の人が1ヶ月家に置いてくれることにっ!
ホテルにいることも出来るけど、学校までが遠いし、彼女のアパートは学校の目の前なので
ありがたく置いてもらう。
ルームシェアー体験前に、居候を体験することにっっ!!
居間のソファーで毎日寝起き。きれい好きの彼女はちゃんと片付いてないとダメなタイプ。
そう。。。うちの一日は、朝起きてソファーをきれいに整えることから始まった。。
甘やかされて育ったうちには、結構いい経験になった。
今思えば、それらは出来て当然の事だったんだね。
居候させてくれた彼女には今でも感謝、知らない人を1ヶ月置いてあげるなんてすごくない?
この1ヶ月間に、それまでの人生で一番惨めで悔しい夜が一度あった。
あの声を殺して大泣きした夜を うちは絶対に忘れられないと思う。
何はともあれ、夢見た留学生活の始まり!