クモとコオロギ 【後編】

 

 生餌と捕食者が共存するケースは決して珍しくない。東京ムツゴロウ動物王国のアオダイショウが、餌として与えられたハムスターを食べず、ハムスターの方もアオダイショウを恐れず近寄るという現象が起こった。結果として、ハムスターは名前を与えられて蛇と同居生活を送っている。実際、検索すると蛇のとぐろの中でくつろいでいるハムスターの写真が出てくる。また、ロシアのサファリパークでは、虎の餌として与えられたヤギが虎と仲良くするという事例もある。虎はヤギに狩りの仕方まで教えたという。

 では、このクモもコオロギを餌ではなく、仲間として見なしているのだろうか。こればっかりは本人(虫)に直接聞かないと分からない。もしかすると、このまま二匹は共同生活を送るのだろうか。そんな考えが浮かんだ。だが、その日の正午、コオロギは動かなくなった。外傷はないため、クモが手を出したことは考えにくい。恐らく、クモの住む環境に適応できなかったのだろう。しかし、それでもクモは死んだコオロギを食べることはなく、半日以上放置していた。そして、その日の晩。コオロギはついに姿を消した。

 この出来事が何を意味しているのか、私には分からない。なぜクモはなかなかコオロギを食べなかったのだろうか。二匹の死骸を食べて満腹だったのか、それとも単なる気まぐれか。だが、もしかすると、前述した蛇と虎のように、奇妙な友情が芽生えつつあったのかもしれない。(こちらは死んだ途端に終わりを告げたが)

 この一件で、分かったことがある。生き物の世界には、種族や被食者・捕食者の関係では測り切れない、個体レベルでの「何か」がある。私はそう確信している。その「何か」を知るには、まだまだ彼らについて知る必要がある。他の個体にも同じような性質は見られるのか、その確率はどれくらいか、近縁種も同じ性質を持つものはいるのか。謎を解き明かすには、研究すべきことは山ほどある。いつか、この小さくも大きな謎を解き明かせる日が来ることを願う。

 

【おわり】